今回の配達先はキューバ共和国・ハバナ。プロのパーカッショニストとして活躍する河野治彦さん(55)と、かつて同じ夢を追いかけた大学時代のバンド仲間、佐藤俊夫さん(52)、金澤裕司さん(52)、石坂克己さん(52)をつなぐ。当時、治彦さんから一緒にキューバに行こうと誘われたこともあったという佐藤さんは「行ってどうするつもりかと聞いても、分からないという。でも彼は思いこんだら一筋。気づいたら1人で行ってしまった。そういうところは正直羨ましい」と話す。
治彦さんが所属するのは、1980年にグラミー賞を受賞したキューバ音楽界の重鎮・オスカル・バルデス氏が率いるバンド「ディアカラ」。演奏するのはキューバのラテン音楽にジャズを融合させた音楽で、18年前、雲の上の存在だったバルデス氏に大抜擢され、以来、キューバの伝統的な打楽器・コンガなどのパーカッションを担当している。音程の異なる5つのコンガを、両手で様々に叩き分けることで、無限にも近い演奏パターンを生み出せるという治彦さん。バルデス氏は「5つものコンガを叩きこなせる奏者はキューバ人でもいない。ここ20年の教え子の中でも5本の指に入るパーカッショニストだ」と賞賛する。
今は生活のすべてがキューバ音楽一筋だが、その魅力を知ったのは意外にも遅く、大学の軽音楽部のバンドに所属していた頃だった。ふとしたきっかけで始めたコンガだったが、上手くなりたい一心で叩き続け、気づけばキューバ音楽にどっぷりハマっていたという。そしてそのことが、バンドにも大きな変化をもたらすことに。「プロのミュージシャンでも使うことが稀だったバタドラムやチェケレなど“濃い”楽器を僕が持ち込んだものだから、佐藤さんが採用したバンドのキャッチフレーズには“土着”というものもあったほど。ひとりで突っ走る私と、ほかのメンバーの間に立って、人間関係を上手く調整する役を務めてくれたのも佐藤さんだった。当時は皆さんに散々迷惑をかけた。お詫びしたい」と、改めて頭を下げる。さらには「まだ精進が足りない。ちゃんとしたものを人様には見せないといけないと思っている。死ぬ前に、何とか為し遂げたい」と治彦さん。そんな姿に佐藤さんは「 “申し訳ない”と頭を下げるような奴じゃなかったのに…大人になった」と笑うが、「でも(当時の熱さは)全然変ってない。羨ましい」とぽつり。
そして26年前、治彦さんは情熱の趣くまま、何のつてもなくキューバへ。なけなしのお金を握りしめ、各地の打楽器の名手の自宅を訪ねては、飛び込みで教えを請う無謀な修業時代を送った。国の至宝とも呼ばれるパーカッション奏者で、今も治彦さんとは師弟関係を続けるチャンギートさん(65)は「いきなり家を訪ねてきてね。びっくりしたよ」と振り返る。
55歳になった今も、当時と変わらぬ情熱で走り続ける治彦さん。かつて同じ夢を追ったバンド仲間たちから届けられたのは、大学時代の演奏を収録した懐かしいCDだ。メッセージには「自分たちが目指していたことをまっすぐにやり続けている河野を、羨ましく、誇りに思う。これからも突っ走り続けて欲しい」「血湧き肉躍る、土着回帰よ永遠に」と綴られていた。それを読んで涙する治彦さん。「歳を取りましたが、まだ気力、ささやかながら臨む気持は残っている。あの時代と同じ事を今もやり続けている。それが僕の人生です」と、しみじみと語るのだった。