今回の配達先はアイルランドの首都ダブリン。伝統楽器アイリッシュハープ奏者として活躍する村上淳志さん(38)と、東京に住む父・広志さん(64)、母・万喜子さん(64)をつなぐ。アイリッシュ音楽に魅了され、14年前に仕事を辞めてこの地に渡った淳志さん。母は「反対したが、自分の荷物をすべて処分して行ったのを見て、固い決意だと分かった。息子にはピュアなところがある。純粋なだけでやっていけるのか…」といい、父も「アイルランドの人がどこまで受入れてくれているのか」と心配している。
口伝えで受け継がれてきたため楽譜はなく、同じ曲でも演奏家によって微妙に違うというアイルランドの伝統音楽。その数ある伝統楽器の中でも、最も古くから演奏されてきたのがハープだという。淳志さんはダブリンの音楽教室でそんなアイリッシュハープの講師を務め、アイルランドの伝統音楽を教えている。アイリッシュハープの弦は34あり、手の感覚だけで探れるようになるにはずいぶん時間がかかるという。「まず最初に基本のメロディーを教え、その次に装飾音を教えていく。“こんな風に装飾音を入れるとアイリッシュっぽく聞こえるよ”とアイルランド人に教えています」と淳志さんは笑う。
クラシック好きの父の影響で3歳からピアノを習い始めたが、父の期待に反して長くは続かなかった。「僕がふざけて遊んで弾いていると、父に“真面目にやれ”と厳しく怒られた。音楽は僕にとってすごく恐いものだった。だから自分が教えるときは、音楽の一番楽しいところを教えたい」と淳志さん。結局父の好きなクラシックには興味を持てず、高校時代はロックやポップスにも親しんだが、どれもしっくりこなかった。そんな彼が再び音楽にのめり込むきっかけとなったのがアイリッシュミュージックだった。「ミュージシャン自身がとにかく楽しんでいる。オーディエンスとの線引きもない。そんな音楽に対する接し方に惹かれた」。
中でも淳志さんを虜にしたのが、繊細な音を奏でるアイリッシュハープ。「この楽器をやりたい」。その一心で何のツテもないアイルランドに渡り、一から教室で学び、ストリートで演奏を始めたのだ。収入はわずかなチップのみで、貯金を切り崩しながらの生活だった。路上で絡まれてボトルを投げられ、救急車で運ばれて頭を7針縫ったこともあったという。そんな生活は実に8年間も続いた。
現在は音楽教室講師のほかにも、毎週金曜の夜には街のレストランで演奏し、時にはイベントに呼ばれることも。日本を飛び出して14年。今ではハープ奏者としてその名を知られるようになってきた。将来については「今、教材(楽譜)をかなり書き溜めてあるので、それを出版することも考えている。自分のCDも作ってみたい。少しずつ“今できること”と“やりたいこと”を考えてやっていけば、大丈夫だと思っている」と淳志さんはいう。
そんな淳志さんに父から届けられたのは声楽のCD。リタイアしてから始めた声楽の楽しさを息子と共有したい…そんな思いが込められていた。淳志さんは「父がいま取り組んでいる歌を、自分がまたなぞっていく…時間と場所は違っても、同じものを共有するというのは、すごく強い体験になると思う。うれしいですね」としみじみ語るのだった。