オーストラリアのリゾート地・ゴールドコーストの海岸で、海難事故を未然に防ぐために活動するオーストラリアでただ1人の日本人ライフガード・朽木豊さん(28)と、神奈川県に住む父・聡さん(60)、母・祐子さん(58)、祖母・喜久江さん(86)をつなぐ。父も日本でボランティアとして海の監視業務に携わってきただけに、「向こうのライフガードにはプロのアスリートもいるらしい。体力的、技術的にやっていけてるのか」と心配している。
実は波が高く、潮の流れも速いため海水浴には向かないというゴールドコースト。その中でも比較的海の状態が落ち着いているわずかな区間だけを遊泳可能なエリアとして解放しているのだ。そんなエリアを豊さんらライフガードが監視したり、パドルボードで海上をパトロールして、自分でも気づかないうちに流されてしまった遊泳客を安全区域に戻るよう注意する。一瞬の判断の遅れが大事故につながる大切な仕事だ。豊さんは「自分達の監視下で人が溺れて死ぬことはない。人が溺れた瞬間に、そこにいるのがライフガード」と自負する。
市民から尊敬され、愛されるライフガードはゴールドコースト市の公務員。現在189人いるが、そのうちフルタイムで働く正規職員はわずか39人。その他は豊さんのような準職員と呼ばれる時給で働くパートタイム職員だ。豊さんは、ライフガードとしてオーストラリアで働くため、まずシェフの資格を取って永住権を手に入れた。今もライフガードの仕事が無いシーズンオフには、レストランの調理師として働いている。正規職員を目指しているが、パドルボードの現役世界チャンピオンや、ロンドン五輪のカヤック選手もいるライフガードの世界は、非常に狭き門でもあるのだ。
子供の頃から父に連れられ、海に親しんできた豊さんは、学生時代にはサーフィンに明け暮れ、いつしかプロサーファーを目指すように。しかし、大学に進学して普通に就職することを望む父には理解してもらえず、日本を飛び出してオーストラリアへ。そこで活躍するライフガードの姿に衝撃を受けた豊さんは、トップアスリートがひしめく過酷な体力テストを乗り越え、オーストラリアで初となる日本人ライフガードの座を勝ち取ったのだ。今も半年に1度はビーチランニングや水泳、パドルボードの体力テストが行われ、基準に満たない者は容赦なく資格を剥奪される。厳しいテストで毎回結果を出し続けている豊さんは、「近い将来、日本にもオーストラリアのような大きなライフガードの組織を導入できたら」と大きな夢も抱いている。
父親については「父親としてはすごいと思う。自分もそういう父親になって家庭を築きたい」と言いながらも、「ライフガードの仕事について父と話し合うことはない。父のやって来たことはアマチュア。自分はプロ。ライフガードで生活をしていない人に説明しても理解できない」と豊さん。海の安全を守るという父と同じ思いを抱きながらも、面と向かい合うとなかなか素直になれないようだ。
実は“日本にプロのライフガード組織を作りたい”と息子と同じ夢を抱く父。そんな父から届けられたのは、40年前に父が海で監視業務に使っていた笛。初めて息子に書いたという手紙には、「この笛は、海での事故防止の精神や、豊の小さい頃の思い出が詰まっている宝物。同じ海を愛する者として活躍を応援しています」と綴られていた。豊さんは「口には出せなかった純粋な父の言葉ですね。この笛はすごく重みがあります」と、父の想いに涙ぐむのだった。