今回のお届け先はチュニジア。2011年1月に「アラブの春」の発端となったジャスミン革命が勃発したこの国は、長年の独裁政権が崩壊し、今、民主化に向けたさまざまな改革が行われている。そんなイスラムの国で西洋文化のバレエを教える及川可奈子さん(30)と、千葉県に住む父・雅博さん(60)、母・あつ子さん(53)をつなぐ。5年前、2年の約束でチュニジアに行くことを許した母だったが、可奈子さんが一時帰国したとき、チュニジア人男性と結婚したいと打ち明けられて猛反対。母は「怒りとか悲しみ…なんとも言えない心境だった。本当に“夢だったら”と思った」と当時の心境を振り返る。今は可奈子さんも妊娠4ヵ月となり、母は「今度はそちらのほうが心配で…」と無事に生まれてくることを願っている。
可奈子さんは現在、マハディアという町にある国立の音楽学校に所属し、6~18歳まで、60名の生徒にバレエを教えている。チュニジアでは西洋文化であるバレエは浸透しておらず、生徒のほとんどが一部の富裕層の子供たちだ。国全体でもバレエ教室は数えるほどしかなく、この町ではバレエの先生は可奈子さんただ1人。振り付けから選曲まですべて彼女が担い、発表会ともなると60人分もの衣裳をたった1人で、徹夜で手作りする。「学校ができてまだ10年。まずクラシック音楽に馴染みがないので、そこを教えるのが難しい。イスラムの国なので、最初は肩や足を出すことすら抵抗のある保護者もいた。でも発表会を見たりするうち、今ではバレエとはそういうものなんだと理解してくれるようになった」と、日本とは違う苦労も。少しでもバレエの魅力を伝えたい…と孤軍奮闘する可奈子さんの指導で、生徒たちもすっかりバレエに魅了され、熱心に練習に打ち込んでいる。
6歳からバレエを続け、大学卒業後はバレエ講師の助手を務めていた可奈子さん。自宅と近所にあるバレエ教室との往復で、出会う顔ぶれも同じという日々が続く中、「これでいいのか」と、ありきたりの人生に疑問を抱き始めた24歳の時、偶然見つけたのがチュニジアでのバレエ講師の募集だった。「私がやりたかったことはこれじゃないか…と熱いものを感じた」という可奈子さんはそれに応募し、チュニジアで音楽学校のバレエ講師になったのだ。
やがて可奈子さんは、勤務先の音楽学校でアラブ音楽のバイオリン奏者をしているチュニジア人男性・ハセンさん(32)と知り合い、交際期間わずか半年で結婚。実は結婚前に一度日本に帰国し、結婚してチュニジアに移住したいと家族に伝えたが、母は猛反対。「母があんなに怒ったことはなかった。ここまで反対されるとは…驚きました」と可奈子さんはいう。結局、母を説得できないままチュニジアに戻り、結婚生活をスタートさせたのだった。
イスラムの国でバレエを広めるという夢を追い、身重の体で奮闘する可奈子さんに、母から届けられたのは手編みの靴下。冬は冷え込むチュニジアだけに「妊婦さんは体を冷やしてはいけないから」と、母が1針1針編んだものだ。添えられた手紙には、“自分らしく生きたい”という娘の決断を尊重しようと決めたこと、そして今は娘の幸せを誰よりも願っていることが綴られていた。母に認めてもらい、涙が止らない可奈子さんは「母のような元気なお母さんになれるように頑張りたい」と語るのだった。