今回の配達先は美食の町として知られるイタリア・トリノ。この町にリストランテを構え、斬新なフュージョン料理を提供するシェフの城戸貴志さん(37)と、京都に住む母・佳子さん(60)、妹の亜紀子さん(35)をつなぐ。オリジナル料理にこだわる貴志さんだけに、母は「息子の味がちゃんとイタリアの人たちにおいしいと言ってもらえているのか…」と心配している。
貴志さんがオーナーシェフを務める「リストランテ・キドイズム」はオープンして丸2年。ホールを担当する妻マリアさん(31)やスタッフら5人で切り盛りする16席ほどのこじんまりとした店だ。貴志さんが作るのは日本、イタリア、スペインの料理を融合させた“フュージョン料理”。和食の「里芋の鶏そぼろあんかけ」からヒントを得たという、昆布だしベースの「里芋のニョッキ若鶏のそぼろあんかけ」など、和洋の味を1つの皿に融合させた、斬新なオリジナルメニューが人気だ。
貴志さんは高校卒業後、日本料理の料理人を目指して修業の道に進んだが、その後、スペイン料理と出会い、人生を変えることに。「その店のオーナーがいろいろな話を聞かせてくれた。それまで閉鎖的な場所で修業をしていたので、“違う世界を見てみたい!”と…」。言葉も分からないままスペインに渡ったのは25歳の時だった。6年後にはミシュランの星がつくスペイン料理店で調理責任者に抜擢されるまでになった。
料理人として引く手あまたとなった頃、イタリア人のマリアさんと結婚し、彼女の出身地トリノに移住。2年前に念願だった自分の店をオープンさせた。貴志さんは「これまで自分がいろいろな国で学んできたことを、国境にとらわれないで表現したい。日本料理でもスペイン料理でもイタリア料理でもないけど、“僕の皿”として、いろいろな食材を皿の中で1つの料理にまとめることができれば」と思いを語る。
実はトリノは保守的な食文化をもち、貴志さんが作るフュージョン料理は当初なかなか受入れられなかったという。「トリノの人は閉鎖的で保守的。トリノ自体に美味しい物がいっぱいあるし、人々の舌も肥えている。みんな地元のものしか食べない。僕が店を出す時も、友人たちから“やめた方がいい”と言われた」と貴志さん。それでも食材にこだわり、驚きのある料理を地道に作り続けた結果、口コミでお客が増え、今では常連が付くまでになった。しかし不況にあえぐイタリア。税金が高いことが貴志さんの悩みで、人気店となった今も利益はほとんど出ず、イタリア語教師もしているマリアさんの給料で生活をまかなっているのが現状だという。
しかし貴志さんの挑戦は揺るがない。今日本で流行っている“塩こうじ”を母に頼んで送ってもらい、新たなフュージョン料理を生みだそうと試行錯誤を繰り返す。そんな貴志さんは幼い頃、手先が器用で、遊び道具でもなんでも手作りしてしまう母方の祖父が大好きだったそうで、大きな影響を受けたという。お店の名前を「キドイズム」にしたのも「両親がいて、祖父母がいて…家族の中で育ってきたからこそ今の僕があるから」と貴志さんはいう。
そんな息子の姿に母は「私の父も元々料理人になりたかった人。貴志がスペインに渡ってから亡くなったので、今の貴志の姿を見せてあげたい」という。そして母が貴志さんに届けたのは、城戸家の家紋があしらわれたシェフエプロンと、祖父の形見の包丁。料理人になる夢を諦めたおじいちゃんの夢を引き継ぎ、立派な料理人になってほしい…そんな母の想いが込められていた。「僕が使えば、おじいちゃんもきっと喜ぶと思う」。貴志さんは包丁を手に、しみじみと語るのだった。