今回の配達先は、かの鉄鋼王・アンドリュー・カーネギーを輩出したアメリカ・ピッツバーグ。この街を拠点に活動する全米最高峰のブラスバンドでプロの金管楽器奏者として活躍する鈴木孝一郎さん(35)と、沖縄に住む母・恵美子さん(61)、姉・美奈さん(37)をつなぐ。本場の吹奏楽を学ぶため、高校卒業と同時に渡米した孝一郎さん。「反対してもどうせ行くような子。それなら気持ちよく送りだそうと…」と見守った母。姉は「弟が音楽をやるために母はとても苦労して支えてきた。音楽の成果を見てみたい」という。
孝一郎さんが所属する「リバーシティーブラスバンド」は30年の歴史をもつ全米最高峰のブラスバンドで、メンバーは20~60代までトップレベルの演奏家が揃う。孝一郎さんは5年前にアメリカ全土で行われたオーディションの難関を突破し、バリトンホーン奏者に選ばれた。28人いるメンバーでただひとりの外国人だ。演奏する楽器はバリトンホーンとユーフォニュームの2種類。現在使っているユーフォニュームは高校生の時に母が買ってくれたものだ。飲食店を切り盛りしながら女手ひとつで2人の子供を育てた母が、お金を工面して買ってくれたプロ仕様のとても高価なものだという。孝一郎さんは「無理を言って買ってもらった。これがなかったらやって来れなかった。感謝の気持ちで一杯です」と語る。当時、母が高価な楽器を買ってやることに反対していたという姉は「母は1人でとても苦労していた。弟を甘やかしているようで理解できなかった」と振り返る。だが母は「今も使い続けてくれていると聞いて嬉しい。当時はあまりの値段の高さに驚きましたが、あのとき頑張ってよかった」と喜ぶ。
現在、ブラスバンド以外にも、4人の金管楽器奏者で結成した「リバーボトムカルテット」でCDをリリースするなどの音楽活動を行っている孝一郎さん。10年前からは市内の高校でマーチングバンド部のコーチも兼任している。実は孝一郎さん自身、高校生の時、3年連続で全国大会に出場するほどのマーチングバンドの名手だったのだ。そんな彼の人生を変えたのが、高校でのアメリカ遠征だった。そこで見た本場のマーチングバンドに衝撃を受けた孝一郎さんは、マーチングや演奏技術を学びたいと渡米を決意したのだ。母とは3年で帰国する約束だったが、ますますバンド演奏にのめり込み、アメリカで演奏を続けていきたいとの思いが押えきれなくなった。孝一郎さんは「母に無理をいってアメリカに送り出してもらい、助けてもらったのに…ダメな息子ですね」と複雑な思いを明かす。
ピッツバーグの象徴ともいえる格式高いカーネギーミュージックホールで特別な演奏会に臨んだ「リバーシティーブラスバンド」。ここに立てるのは演奏家の中でも一握りといわれる舞台で、孝一郎さんはソロ演奏も務めた。このバンドに所属して5年。今やバンドに欠かせない存在になった孝一郎さんは「ここで頑張っていくことが母への恩返しになると思う」としみじみと語る。
故郷、沖縄を離れて15年。私生活ではアメリカで出会ったユリアさん(25)とこの秋に結婚する予定で、公私ともに充実した日々を送る孝一郎さん。そんな息子へ母から届けられたのは、孝一郎さんのコンサートのポスター。会場は沖縄の母の店、日付は空欄になっていた。添えられた母の手紙には「いつかお母さんの店でコンサートができたらいいなと思い、お姉ちゃんと一緒にポスターを作りました。さらに大きくなって帰ってくることを沖縄で願っています」と綴られていた。孝一郎さんは「そろそろ生活も落ち着いてきたので、年に1回ぐらいは帰れるようにしたい。そしていつか母の願いを実現できるよう頑張りたい」と、苦労をかけた母を想い、涙をこぼすのだった。