16年後の恩返し… ( よもやま話 )
昨日、センバツ高校野球に被災地:宮城の東北高校が登場した。
開催が危ぶまれた大会、しかも、被害の最も大きい宮城の学校…
大人でも色々な想いがある中、
多感な思春期の高校生はかなりつらい日々を過ごしてこの日を迎えたことだろう。
報道によると、
大会に向けての練習中、学校で大地震に襲われ、
その後は練習どころではなく、避難所でボランティアを積極的にしていたようだ。
しかし、大会開催が決まり、被災地から送り出され、関西へ乗り込んだはいいが、
天候不順等で実践練習もままならない中での試合。
残念ながら敗れてしまったが、
必死に球を追い、勝負に挑んだ姿に、被災者だけでなく心を打たれた気がする。
そんな東北高校のアルプススタンド(応援席)には、
違ったユニフォームを着た別の学校の選手が多数いた。
兵庫県の育英高校と神港学園の選手たちだった。
この両校は、1995年の阪神淡路大震災の時に、
被災地代表としてセンバツへ出場し、復興へ向けての勇気をくれた高校だ。
(もう1校:報徳学園も出たが、報徳は今大会出場校)
あの時、全国各地からの支援によって晴れの舞台へ出場できた…
その恩返しで、今回、支援はもちろん、
応援に来ることができない地元の皆さんの代わりに大声援を送ったのだ。
24歳だった私も、あの時、神港学園に密着して取材し、全国へ放送させて頂いた。
その時の主将は現巨人の鶴岡捕手(最初は横浜へ入団)
彼の顔を見る度に、95年センバツを思い出す…
16年経っての恩返しに目頭が熱くなった…