徒然なる「君が代」は……
「君が代」の話というのは、複雑ですね。
難解なテーマです。 そんなに簡単な話ではない。
スパッと割り切れるような話ではない。
君が代起立条例制定から、
この卒業式シーズンでの「不起立」という事態を目の当たりにするにいたって、
よりその思いを、強くしました。
市では、不起立が「ゼロ」だったのです。
なのに、
「君が代起立条例」が制定された瞬間に、「ゼロ」でなくなった。
まったく、不可解な話であります。
が、
同時に、
なにかしら「人間の本質」めいたものを感じたのは、
私だけでしょうか…
私は、「北風と太陽」の寓話を、思い出しました。
「不起立」をなくそうと躍起になればなるほど、
「不起立」が、逆に増えてしまう。
一体、この現象は、何なのか?と。
誰もが、何の「邪念」もなく、国歌を歌い、国旗に対し、敬礼をする…
素晴らしい国じゃありませんか。。
願わくは、そうあってほしいものであります。
「フツウの国」って、そうでしょう…
でも、日本は、そうじゃない…
なぜなんでしょうか?
そんなに難しい話ではありませんよ。
日本は、「フツウの国」では、ないからです。
「フツウの国では…」という理屈が、通用しないんですね、日本という国には。
良い意味でも、悪い意味でも…
十把一絡げに、
「フツウの国では…」という理屈が、通用しない「歴史」をもつ国…
なんですよね。。。。日本は。。。。
天皇制なんて、
世界のどこを探しても、ないんですよ!!
今、大河ドラマ「平清盛」の中で
「物の怪」などと呼ばれている「白河法皇」の、
子孫の子孫の子孫が、今の天皇家… なんですよ!!
こんなに深い「歴史」を持つ王家が、
世界のどこに、存在するでしょうか!!?
「フツウの国では…」などという、安易な物差しを、
日本という国に当てはめようとすること自体が、「野暮」なのではないか… と、
私なぞは、思わずには、いられません…
だとすれば、
国歌である「君が代」にまつわる、
国際的に超非常識なあれこれが、現に、噴出する…
これがまさしく、「日本」…
この話は、そう短時間で語りつくせる話ではありませんので、
きょうのところは、この辺に、とどめておきましょう…