11日。
大阪府河川整備委員会が開かれました。
3連休最終日にもかかわらず、
報道陣・傍聴者も多く詰めかけ、
非常な熱気でした。
橋下知事の姿がなかったことは残念であり、
また、そのことを批判する傍聴者もありましたが、
私見を言いますならば、
知事も、多くの政務公務が「目白押し」の中、
「委員会」の「審議過程」全てに臨席するというのは、
物理的にも不可能でしょう。
今回の委員会、
3連休の真っ最中、
また、
あくまで「審議過程」ということを考慮すれば、
「臨席しなかった」こと自体は、それほどの批判に当たるとは、思っていません。
ただ、
指摘しておきたいのは、
「だからこそ、部局から知事への、委員会についての報告は、
それ自体が、極めて重要になってくる」
ということです。
知事が、
「とりまとめ」を最大限尊重するのは当然のこととして、
もし、
「とりまとめ」が、
「ダム案と、脱ダム案の、両論併記」というような形に
仮になるのだとすれば、
「審議過程」こそが、
知事が「最終判断」する際に、
「最も重要」になってくるわけで。。。
その「審議過程」に臨席していなかったことは、
それ自体が、
「痛恨の失策であった」と、将来的に、なる、、、可能性も、あるからです。
9時間に渡る「審議内容」を
これから「河川室」は、知事に伝えるわけですが、
せいぜい、その時間は、30分~1時間くらいのものでしょう。
それだけの時間に「集約」してしまうからこそ、
そこに、「意図的な編集」が加わっては、いけないと思います。
新聞にせよ、テレビにせよ、
常に、「編集」作業を行うがゆえに、
そこに「意図的なもの」「恣意的なもの」が入り込む余地が、山ほどあることを、
知っています。
ですから、
われわれは、「編集」には、最大限の気をつかいますし、
「編集」されたものに対しては、
会社をあげて、責任を持つわけです。
また、
「編集」されたものは、
「公開」もなにも、
世にさらけ出すために、「編集」されたものです。
そこが、
今回の、
河川室の「編集」と、
一番異なるところでしょう。
河川室の「編集」は、
あくまで、
「9時間に渡る議論」を
「知事に報告するためだけ」に、
「30分~1時間」に
編集するものです。
そこが「可視化」されていなければ、
言葉は悪いですが、
「言ったもん勝ち」「報告しちゃったもん勝ち」です。
河川室に限らず、
普通、
人間が、
「上司に、報告」する際、
誰も見ていない状態で、
「自分のミス」「自分の間違っていたところ」「自分の至らなかったところ」を、
積極的に、報告するでしょうか??
普通は、
報告しないと思います。
だからこそ、
今回のような「重要なケース」においては、
「可視化」が必要なんだと、考えます。
通常、
担当部局が、知事に対して、
「委員会の審議内容を報告」するという「過程」を
「可視化」することなど、ありませんが、
今回、
知事および河川室は、
どうなさるでしょうか??
ことの重大性をかんがみて、
「正しい判断」をなさることを、期待します。
(「正しい判断」とは、もちろん、この場合、「報告」の「公開」だと考えています。)
なぜ、
今回の「報告」が、
「公開」されることが、それほどまでに重要なのか・・・・
「9時間にも渡った審議」ということ以外にも、
多くの理由があります。
まずひとつは、
先日、
またもや、
河川室が、「脱ダム案が不十分」であるかのような発言を、
間違った認識のもとに、委員会の場で行っていたことが、発覚したことです。
「間違った認識」というのは、「国交省の指針」を「誤って解釈」していたというもので、
府では、「認識が足りなかった(つまり、わざと誤ったわけではない)」と、釈明しています。
しかし、
この手の「国交省の方針」を
「ダム案に都合よく?」「誤って解釈」という問題は、
今回が、初めてではありません。
つい2~3ヶ月前にも、
出てきた話です。
私が一番、不思議&不可解に思うのは、
あれだけいつも、
「国交省のマニュアルに基づいて…」と
なんとかの一つ覚えのように
金科玉条のごとくに
正直「どうでもいいような」「とんでもなく些細な」あるいは「とんでもなく非現実的な」
基準を崇め奉り、シミュレーションに織り込む河川室が、
いざ、「ダム案にマイナスに働くかもしれない」基準の運用となると、
きわめて「お粗末」「ずさん」に、扱っているということです。
これについては、
2か月ほど前にも、
ここのコラムでも、
指摘させていただきました。
河川室のほうの「回答」は、
極めて不十分、極めて不「真摯」なもので、
厳しく指摘させていただきましたが、
今回の「発覚」も、
驚くほど、よく似た「構図」です。
しかも、
そのちょっと前にも、
「一部委員に対する」「隠蔽?疑惑」も浮上しました。
あの時、知事は、
「自分も忙しいので、正直、全部のメールに目も通せないし、
事前の一部委員との〝調整〟ととれないこともない。」と、
知事らしくない「消極的」な態度を見せていましたが、
結局、今回も、
ほとんど同じような形で、
「一部委員に対してだけの、〝都合の悪い〟情報の提供」が行われ、
結局、そのことが、委員会でも、「大きな問題」として、問題視、、されました。。。
これまで府に好意的だった委員からさえ、
「私は、その話、初めて聞きましたよ」
「その話は、私だけが知らない情報じゃないだろうね?」
といった、
今回の問題発覚を揶揄するような「皮肉」が、飛び出す始末でした。。。
こういった、
「自らの〝不誠実さ〟が招いたともいえる、〝信用低下〟」
についても、
河川室は、知事に伝えるのか?
伝えるとすれば、どのように伝えるのか?
率直にいって、
関心があります。
委員からも、
「知事に、今回のことは、きちんと伝えてください」という注文が、つきました。
知事は、
今回の一件を、
「事実誤認」によって「政策決定にかかわる重要事項が、間違って運用されていた」
という
技術的問題
と見ているようですが、
実情は、
それひとつだけではありません。
「技術的な問題」と、
「そのことが発覚した後の、
河川室の、きわめて〝不審〟〝不誠実〟な対応ぶり」に対しても、
多くの批判の声が、上がっていることを、
認識していただきたいと思います。
長くなり、
話があっちこっちに飛んでいますが、
今回、「知事への報告」で
最大の注目点は、
やはり、
「審議全体の空気」でしょう。
当たり前のことですが、
今回、府から「ようやく」出てきた
ダム案と脱ダム案。
普通の感覚でみれば、
「こちらでいいのではないか。。。」と
思う内容に、なっています。
敢えて、「どちら」とは言いませんが。。。。
さらに、
府から丁寧にも「付加」された
「一方の案」に関する「懸案点」についても、
ひとつひとつ、「問題がない」と、議論の中で、つぶされました。
超過洪水について、
一部委員からは、
「堤防補強」について、
過去に、「技術的な信頼性が確立されていない」ことへの懸念などが指摘されましたが、
ここについても、
「過去にやったことがないのだから、
そのデータがないことは、当たり前。」
責任論についても、
「65ミリを超えた、〝超過洪水〟に対する対策なのだから、
責任論については切り離すべき。
責任論は、65ミリまでの話」
とする見解が、
委員長からも、示されました。
当たり前のことで、
100ミリや200ミリの雨についてまで
「責任論が…」と言い出せば、
常に、
「200ミリの雨がきても、最も効果的な治水策」を選択しなければいけなくなります。
そこの「責任」の部分、
「どこまで知事は責任を持つのか」を明確にするために、
「何ミリ対策」をするのか?
という話を、しているわけです。してきたわけです。
それで、
槇尾川に関しては、
「65ミリ」で「危険度2を防ぐ」という「責任」が
明確にされているのに、
なぜ、敢えて、
超過洪水についても、
さらに、「責任」に言及して、「知事の責任の幅」を、広げようとするのか?
「ダムを造りたいがための方便」とみられても仕方がないと感じましたが、
もしそこで、「責任」を、知事が持ちたいのならば、
はじめから、
ダムで、80ミリ対策で、総額1兆円の計画で、やるべきです。
ただし、その場合、
ひとつ指摘しておきますが、
「100ミリ、200ミリに対する責任」という、新たな議論も、
避けられなくなると思いますが。。。。
話がそれました。
要するに、
府が一応定めた
「65ミリの際の危険度2」に対する対策としては、
2案に絞られた、ということです。
そして、
その2案、
「普通に見たら、こっちちゃうの。。。」という雰囲気が、
議論全体、委員の言葉の端々にも、
漂っていたということです。
それは、私たち、報道陣の間でも、
話題になっていたことです。
昨日の朝のぶら下がりでも、
他社の記者が、知事にその点を、ぶつけていました。
果たして、
この「空気感」とも言うべき「審議の雰囲気」を、
部局が知事に、どう伝えるのか?
非常に、、、興味があります。
実は、
その「空気感」こそが、
一番、審議の中で、大事なのではないでしょうか??
もちろん、
基本的には、
「とりまとめ」に、この空気感は、「大きく反映」されるものです。。。
ですから、
知事は、
「とりまとめ」を最大限に尊重して
最終決断をされればいいのだと思いますが。。。
もし、
「とりまとめ」が「中途半端なもの」になった際、、、
知事の判断材料となるのは、
「長い審議の〝空気感〟」であるべきだし、
その「雰囲気」を、
おととい、知事が味わっていない、、ということは、、、
正直、
致命的ともいえます。。
また、
委員、傍聴者からも、
同じような声が、上がっていました。
その「空気感」を、
河川室が、知事に対して、
正確無比にとは決して言いませんが、
ある程度は、、、、、、、
せめて、、、、伝えられるでしょうか。。。。
たぶん、、、無理だと、、、思いますが。。。
彼らは、
「伝えるプロ」でもなければ、
これまでの「行動」から類推して、
「極力、伝えないようにする」のではないか?という疑惑の目で見られても
仕方がないと、思っています。
その「見立て」を覆して、
正々堂々と、公平中立に、
「審議の全て」を、知事に伝えられたならば、、、、、
ようやく、、、
「ああ、大阪府も、本当に、〝新しい治水〟に踏み出そうとしているのだな。。
知事が最初に言い出した〝趣旨〟を、よく理解しているのだな。」
と、
疑いの目をもたずに、
素直に、見ることができるように、、、、なるのですが。。。。。
そうなることを、
個人的には、
期待しております。。。