前原大臣の「伊丹廃止」初言及って、意味があるのでしょうか?
日曜日に
前原国交相が
「伊丹廃止」に初言及したということで
結構な騒ぎになっています。
この「発言」が
「どれくらい意味があるのか?」について
考えてみたのですが、、、、、
タイトルの書き方からすると
まるで
「意味がないのでは?」と言いたいようですが、、、、、
そういうことでもありません、、、決して。。。。
ただ、
「ついに言及!」とか
「前原大臣も、〝存続派〟から〝廃止派〟へ転換」
という風に理解すると
それは違うのではないか、、、、と思うのです。
前原大臣は
一連の問題の中で
これまでも
「将来的に、伊丹の縮小はやむをえない。
当面は存続するが…」
というニュアンスの発言を、
していました。
今回の「初言及」は、
このニュアンスを
より「明確に」表現しただけのことです。
もちろん、
政治家、、、、
ましてや
「担当大臣」の発言、、、ですから、、、、、
「あいまいだが、それとなく認める」のと
「はっきり言及する」のとでは、
「大きな意味の違いがある」
という解釈は、
あってもいいと思います。
ただ、、、、、、
それだけのことだと思います。。。。
「将来的に、東京ー大阪がリニアで結ばれ、
伊丹ー羽田便の〝利便性〟が劇的に失われたとき
伊丹空港が〝歴史的役割〟を終える可能性がある」
誰でもわかることですし、
みな、その前提に立って
物事を考えていると思います。
それは、
前原大臣、橋下知事、井戸知事、、、、、
みな、そうでしょう。
「だから、どうするか?」という部分だけが、
それぞれに、違うわけです。
「いずれ廃止となるのは目に見えているのだから、
それならば、
廃止となった後の街づくりに、今からとりかかり、
また、
先行的に廃止して、
その資産を、関西の人たちが、より便利に有益に使えるように、
先手を打っていこう」
という考え方の人もいるし、
「将来、廃止になる可能性があるといったって、
その前提となる〝リニア〟の計画にしたって、まだうやむやであいまいな状態、、、
なのだから、
今あせって、〝廃止、廃止〟と決め付ける必要もないし、
とりあえず、様子を見ていこう。
結論は、先送りでもいいではないか。」
という意見もあると。
そういうことなのではないか、、、、と
思うのです。
国交省は、
当事者であるにもかかわらず、
これまで長年、
この問題の「抜本解決」を怠ってきました。
今回提示する案が、
「起死回生の抜本策」だとは
個人的には、到底、思えませんが、
それでも、
「当事者として」
「少しは具体的に」
考え始めたことは、
評価したいと思います。
ただそれだけのことであるのが、、、、、悲しいですが。。。。。
コメント
国交省の
前例を作りたくないという強い意識は変わらないっすねぇ。
状況を劇的に変化させる圧倒的な力を持っているからこそ
日本全国・・・
それぞれの地方の声も聞かなくちゃならない・・・。
だから、身動き取れないという・・・。
確かに悲しいっすね。
投稿者: (・e・) 日時:2010年04月28日(水) at 22:00