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◆ことばの話2384「泣ける映画」
日経新聞の土曜日の別刷り、「日経プラス1」の11月19日号に、
「働く人のストレス解消法」
が載っていました。総合順位と男女別の順位が記載されていたのですが、それによると、総合1位は、
「百貨店などで買い物をする」
でした。これは女性で1位、男性でも5位とともに上位でした。
一方、男女で随分順位が違うものもありました。たとえば、全体で14位の、
「甘いものを食べる」
ですが、女性は8位だけれども、男性は32位。女性の方が「甘いもの」でストレスを発散することが多そうです。同じく総合第13位で、女性では9位、男性では28位と男女差があった、
「大泣きする」
を見て、アッと思いました。そうか「泣く」ことでストレスを発散するんだ!最近、
「泣ける映画」「泣ける小説」
の人気があるのは、主に女性のストレス解消法として人気があったんだ!そうすると、さらにここ数年の「感動」を求めるのも、
「感動」→「泣く」→スッキリ、ストレス発散
という流れの中での動きなのではないか?と思えてきました。そうすると昨今の「感動」を求める風潮も納得できます。感動して涙を流すことで、ストレス解消。涙がストレスを洗い流してくれるのでしょう。涙は心の汗さ!(どこかで聞いた、青い三角定規か?)みんな、思いっきり泣こうよ!・・・しかしちょっと涙を安易に使いすぎでは?と思うのは、古いのでしょうかねえ・・・。Google検索(12月2日)では、
「泣ける映画」= |
12万7000件 |
「泣ける作品」= |
1万4800件 |
「泣ける台詞」= |
1030件 |
「泣けるセリフ」= |
119件 |
「泣けるせりふ」= |
24件 |
「泣けるフレーズ」= |
174件 |
「泣けるマンガ」= |
701件 |
「泣ける漫画」= |
453件 |
「泣ける小説」= |
492件 |
「泣ける音楽」= |
227件 |
「泣ける絵画」= |
1件 |
「泣ける映画」って、需要が多いのでしょうかね。「泣ける作品」も。これに比べると「泣ける小説」が少ないのが気になります。
オマケ。
「泣ける目薬」= |
4件 |
「泣ける胡椒」= |
0件 |
「泣けるトウガラシ」= |
0件 |
でした。 |
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2005/12/2 |
(追記)
朝日新聞の新年(2006年)1月3日の特集コラム「鑑賞してますか」の1回目が、目を引きました。見出しタイトルは、
『泣きたがるニッポン人』
サブタイトルは
「感動症候群」
「『純愛感触』求める大打算社会」
本文の中では、三菱総研が2003年に行った「感動に関するアンケート」(そんなアンケートがあるんだ!)で、10・20代は約5人に1人が週に1回以上感動し、3人に1人以上が、もっと感動するために意識的に映画を見るなどの行動を取っていて、その上全体の89%が「来年はもっと感動したい」と思っているそうです。いわば、
「ニッポン人総感動したい症候群」
と朝日は書いています。これは言い換えれば、
「一億総感動社会」
とも。
日大の法学部のゼミで「泣きたがる社会」をテーマに共同研究した学生さん(森路歩さん・・・ペンネームかなあ?)の話とか、『「感動」禁止!「涙」を消費する人びと』という本を2005年12月に出版した作家の八柏龍紀さんという人のコメントも載っていました。
『「感動をありがとう」「勇気をもらいました」などという物言いに対し、「感動は餌付けのように与えられるものではなく、内に抱くもの。だからこそ価値があったはず。」と指摘する。』
まさにその通り、全面的に賛成です。この本、取り寄せてみようっと。
なお、「平成ことば事情」では、再三にわたってこのネタを取り扱っています。以下の分も併せてお読みください。
「 183 感動をありがとう」
「 353 感動した!!」
「 431 感動ファクトリー」
「 551 泣ける」
「1863 勇気をもらいました」
あ、「泣ける映画」と同じようなタイトル「泣ける」で「泣ける1本」(ビデオ)の話をもう既に4年前、2002年の1月に書いていました! |
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2006/1/10 |
(追記2)
新聞スクラップを整理していたら、2005年11月21日の読売新聞の記事が出てきました。見出しは、
「売れてます 泣ける!『涙本』」
「自分の体験重ね共感」「手軽な感動グッズ」
出版界は「涙本」がブームなんだそうです。「静かなブーム」ではなく「ブーム」ですからホンモノなのでしょう。書店の担当者はお客さんから、
「泣ける本はどれか」
と聞かれることも多いのだとか。それで書店では「涙本」=「泣ける本」の専用コーナーを設けたところもあるそうです。
感動の仕組みを研究している(そんな人がいるんだ!)広島大学大学院助教授(感情心理)の戸梶亜紀彦(とかじ・あきひこ)さんは、
「本は持ち歩いて好きな時間に読める。時間や場所の制約なく、手軽な感動グッズとしての魅力があるのでしょう」
と話しているそうですが、それは別に専門家に聞かなくても・・・そのとおりでしょうね。
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2006/3/2 |
(追記3)
『他人を見下す若者たち』(速水敏彦、講談社現代新書)の中に、
『ある会社の送別会で、上司と別れるのがつらいと言って、泣いてくれた若い部下たちに、その後その上司が、「一度会おう」ともちかけたら、「私たち忙しいですから」とそっけなく断られたというような話を新聞か何かで読んだことがある。』(187ページ)
と書いてありました。そして、香山リカ『若者の法則』(岩波新書)からの、ちょっと長い引用ですが、
「『また泣いちゃったよ』と照れずに語る若者を見ていると、そうやって泣けるような状況に自分がいるということで、何かを確認しているのではないかとも思える。つまり、自分はその他大勢としてぼんやりと生きているわけではない、泣けるような特別なできごとを経験しながら生きている、ということだ。逆に言えば、そうでもしなければ自分の日常はあっという間に退屈なものとなり、毎日の記憶も薄れていくのかもしれない。昔の人間は、生命の危機を回避するためにストレス反応を身につけた。今の若者は、自分喪失の危機から脱出するために"泣きの反応"を身につけた。ただ、その傾向は大人にも確実に広がっており、だれもが『泣ける物語』を求めて本を読み、映画を見るようになってきている。『泣かなければ自分が何者かわからなくなってしまう』という危機感が、世の中全体に広がっているのだろうか。」(※下線は、道浦による)
現代の若者にとって悲しみは、自己を確認するための一種の自己調節の道具として使われているのだろうか。しかし、これが「悲しみ」といえるだろうか。
と速水氏は、香山リカ氏の分析をベースに、今の若者が「泣く」のは、「悲しみ」のために泣くのではなく、「自己の精神的ストレス発散」のために泣いている、涙さえも感情の発露ではない使われ方をしている状況に、疑問を呈していました。
特に、私が下線を引いた部分が問題ではないのかなあ。若者ならともかく大の「おとな」まで、というところがです。
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2006/4/11 |
(追記4)
5月23日の朝日新聞「週刊アジア」という紙面の「亜州見聞」というコーナーに、
『疲れたら「泣きバー」』
という見出しの記事が載っていました。中国・山東省青島に「泣きバー」なるものが登場したそうです。入場料は100元(約1400円)で、
「個室の中で好きなだけ泣くことができる」
そうです・・・家で泣けばいいんじゃないの?そんなスペースがないのか?それとも近所迷惑になるほどの大声を上げて泣くということかな?
この店、最初の3日間は、
「一人の来店もなかった」
そうですが、
「心地よく泣いて、泣いて楽になり、泣いた後、笑って人生に向かってください」
などと呼びかけた広告の効果で徐々に客が増え始め、市外から訪れる人も珍しくなくなったと言うのですが・・・私は青島ビールでも飲んでストレスを発散する方が、好き、かな。
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2006/5/23 |
(追記5)
「もしも昨日が選べたら」という映画の宣伝を見ていたら、
「この秋 最初の涙になる」
という宣伝文句が。「最初の」涙、それも「この秋」という限定付き。
この秋以降も、ようけ涙流さはる人、いらっしゃるんでしょうねえ。
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2006/9/20 |
(追記6)
真山 仁『虚像(メディア)の砦』(講談社文庫)という小説を読んでいたら、152ページに、「感動というのは、やさしさと同じだ。内側から溢れ出すもので、主張するものじゃない」
というセリフが出てきて、おそらくこれは著者の気持ちを表したものだろうけど、「その通りだなあ」と思いました。でも北京五輪でも、テレビは感動の安売りをしていましたねえ・・と自戒の念を込めて・・・。
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2008/9/8
(追記7)
『カーヴの隅の本棚』(鴻巣友季子、文藝春秋:2008、10、30)を読んでいたら、34ー35Pに、『「泣ける」小説』に対して批判的な一文に出会い、(全面的ではないですが)“わが意を得たり”と思いました。こんな文章です。
『荒川洋治氏によれば、感動とは忘れ去ることであり、感動をこえて残っていくのが感想だ、ということになる。感動が去って、感想が残らない作品には、なにが欠けているのだろう。一瞬「泣ける」小説はいまどき山ほどある。「感想の出ないワイン」というのもごろごろあり、それは一直線に味覚に訴えて感激させ、のぼせあがらせて、あっさり引いていく。BourgogneのVolneyの伝統的な生産者Hubert de Montilleの娘によれば、「そういうのは、娼婦のワインというのよ。事後の余韻もなにもあったもんじゃない」ということになる。』
ワインに関しては、「いいじゃん、安くておいしければ」と思うので完全には同意できないのですが、鴻巣さんが言いたいことはよくわかりました。
2009/5/19
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