三遊亭圓生の「ヒ→シ」が、いっぱい出てきました。昭和35年2月8日ラジオ京都ほかにて放送された「火事息子」では、
「言われたし(日)にゃあ」
「しじゅうしちまい(四十七枚)しきゃほってない」
「しがし(東)」
「しちや(質屋)」あ、これはこれでいいんだ。
「しけし(火消し)」
「し(火)のほうは」
「しけしやしき(火消し屋敷)」
「し(火)の中」
「しとつ(一つ)ところでバタを踏む」
「このしと(人)のほりもの」
「しもと(火元)」
と満載です!楽しいなあ。圓生はテンポがいいですねえ・・・本題のところの旦那のしゃべり方は、弟子の円楽に似てますねって、こっちが本家だ。
ただ1か所だけ
「ひ(火)がへえーった。」
と「し」ではない「ひ(火)」がありました。圓生は幼少期に大阪で過ごしたとかで、江戸弁はもちろん、関西弁や田舎の方言も使い分けるなど、まさに名人と言えるのでしょう
そのほか気になった言い回しは、
・「牡丹にからしし」「しし」が濁らず。
・「お/まるてぇーやつ」(「おまる」が平板アクセントですね)
・「くたぶれた」(くたびれた、の意)
・「しの、ふの、それ!」という掛け声。
・「ごっ\た・か\えしてい/ると」というアクセント。
・「高座(コ\ーザ)」は、やはり頭高アクセント。
・「8か所(はっかしょ)」
・「条件(ジョ/ーケン)」平板アクセント
・「二升から三升(さんじょう)」と濁っていた。
・「身体髪膚父母に受け、あえて毀傷せざるを孝の始めとす。」聞いたことあるなあ。
など。同じCDに入っている『百川』(モ/モカワ=平板アクセント)<昭和31年7月17日。ラジオ東京で放送>でも、「ヒ→シ」は、
「しおどしのよろい(緋おどしの鎧)」。
「しとつ(一つ)」
「しきあげた(引き上げた)」
と出てきました。気になった表現には、
「四神旗(しじんき)」(「シシン」ではなく濁る)
「四神剣(しじんけん)」
「四神」(セ\イリュウ、ビャッ/コ、ゲ\ンブ:スザクは聞き漏らした)。
「なすった」(「なさった」ではなく)
「奉公ずれしている」(「世間ずれ」のような意味でしょう)
「いけえ」(=でけえ)
「隣町(となりチョー)」(「マチ」ではなく)
「鶏卵(けいらん)」
「卵を(タ/マゴヲ」=平板アクセント
さらに、『豊竹屋(トヨダケヤ=濁る)』<昭和39年1月1日。TBSラジオで放送>でも、「ヒ→シ」は、
「しっこし」(引っ越し)
がありました。
また気になった表現は、
「大阪(おおざか)」=濁る
「洗濯(せんだく)」=濁る
「手数(てすう)をかけずに」
義太夫のうなりも、豊竹屋節右衛門の大阪弁も、江戸弁との使い分けも見事です!!ただ、客席の前の方で笑いすぎる若い男がうるさい!落ちはやや弱いですね。
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