救急病院とか救急科というと、私はすぐにドラマ「ER」を思い浮かべるが、ここで野村進氏が取材したのは、「精神病院」の救急科である千葉県精神科医療センター。私たちが普段あまり接することのない病院である。しかし、実は日本全国の入院患者、約140万人の4分の1にあたる34万人が、精神病による入院患者なのである。日本には精神病の患者は200万人いると見られ、精神分裂症(統合失調症)の患者だけも45万人強だそうだ。
最年少の研修医・間宮康一という人物の「眼と耳」を借りて垣間見るこの病院での日常から、克明に描かれた精神病患者の現状と精神科医・看護師の現状と問題点が、浮き彫りになる。
「ブラックジャックによろしく」や「Drコトー診療所」といった医療関係に題材を取った漫画や、大ヒットしたリメイク・ドラマ「白い巨塔」など、今、人々の関心は「医療」と、それに携わる人間(医師など)に向けられている。それは、そういったまさに命を預かる仕事をする人々の生き方に、学ぶべきところが多いからだと思う。
そんな中、いまだに日本では精神科や精神病院、そして精神病に対する偏見は拭い去られていないと思うが、治療薬の開発によって、ここ10年ほどで精神分裂病(現在は「統合失調症」と呼ばれる)の治療は格段に進歩し、3人に2人の患者は、日常生活を送るのに支障がないほどの回復を見せているという。
患者を閉鎖的空間に閉じ込めて慢性的に治療を行うという精神病院は、実は極めて日本的で、欧米では入院期間はきわめて短く、患者はそれぞれの地域で生活しながら通院治療を続ける形が、精神医療の主流になっているそうだ。在院日数は、アメリカがなんと8日、オーストラリアが13日、イタリアが15日、カナダが22日、フィンランドが41日(いずれも1998年度)なのに対し、日本は376,5日(2000年度)だそうだ。その差は、ケタ違いである。
このほか、ここ1年ほどの間に急速に広がった「統合失調症」という呼称が、患者にとって病名の告知を受け入れやすいものにしているそうだ。これは喜ばしいことだ。
また、本書に登場する医師の一人は「分裂病とは、ありとあらゆる手段で、自分を抹殺しようとする病気」と説いている。自殺の割合は、一般人口に比べ、分裂病で8倍、躁うつ病で15倍、うつ病で20倍にも上るというのだ。
現代人が考えざるをえない「精神病」とそれを受け入れる病院に関して、深く考えさせられる本である。
なお本書は、3月7日の日経新聞「半歩遅れの読書術」で、経済学者の松原隆一郎によって「現場のオドロキ伝えるルポ」として紹介された。 |
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