新・ことば事情
6701「『的を得る』か?『的を射る』か?」
2月9日に開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、TBSの委員から出た質問です。
『辞書では、「『的を得る』は誤り」「誤って『的を得る』と使われることがある」など、複数で「誤り」としている。一方、「当を得る・要領を得る・時宜を得る」と同様、「得る」は「うまく捉える」の意だとして、認める辞書が複数あり、また、実際に使われてもいることから、「放送で『的を得る』と言ったところで、ただちに誤りとするものではない。」とする動きが出ている。各社はいかがか。同様に『的を得る』を認めている社があれば、放送でアナウンサーはどのように対応しているのか?研修などでどのように教えているのか、お聞かせいただきたい。』
これに対する各局の回答は、以下の通りです。
(NHK)認めていない。ただ、少し古いデータだが、1996年の文研「ことばの揺れ調査」では、「的をエル」=49,4%、「的をイルる」=32,1%と、間違いとされる「エル」と答えた人のほうが多かった。
(日本テレビ)週報のように出している「日テレEYE」で「○=イル、×=エル」としている。
(テレビ朝日)「イル」「イタ」が正しい。「エル」「エタ」は間違い。
(フジテレビ)「×」。時々「エル」で出て、視聴者から「間違いだ」と言われる。
(テレビ東京)ハンドブックで「誤用」と書いてある。
(ABC)「エル」は使用不可。
(KTV)「×」。誤用。次回のハンドブック改訂でも認めない。
(TVO)「×」。
(時事通信)「×」・
(共同通信)誤用。記者端末で「的をエル」と打つと、「誤用」と注意表記が出るようになっている。
ということで、「的を得る」を認めている社は、
「一社もない」
ことが分かりました。
私も、調べたことを発表しました。
(ytv)2012年5月に開かれた「関西地区用語懇談会」でのアンケートでは、「的を得た指摘だと思う」→「的を射た指摘だと思う」に、直すか?直さないか?については、
・「必ず直す」=20社=朝日、毎日、読売、日経、産経、福井、神戸、山陽、中国、徳島、四国、愛媛、高知、日刊スポーツ、報知、共同、MBS、KTV、YTV、TVO
・「直す場合と、直さない場合がある」=4社=スポニチ、時事(多くの人が使っている現実は無視できない)ABC、OBC
・「直さない」=0社
でした。
また、手許にある国語辞典12種類と、用語ハンドブック9種類で「的をエル」を認めているのは『三省堂国語辞典・第7版』だけだった。(以下に一覧を載せます)
「的を得る」辞書の表記
○=載っている、×=載っていない
【国語辞典】
<的を・・・> 「射る」:「得る」:「得る」の語釈
『新潮現代国語辞典』2000 ○ ×
『日本語慣用句辞典』2005 ○ × 【東京堂出版】
『岩波国語事典』2009 × × 「射る」用例「的を射る」。「得る」用例なし
『明鏡国語辞典』2010 ○ × 「当を得る」(=理にかなう)や「要領を得る」)との混同から「的を得る」とするのは誤り
『新選国語辞典』2011 ○ × 【参考】「的を得る」とも言うが、本来は誤用
【小学館】
『新明解国語辞典』2012 ○ × 【三省堂】
『三省堂国語辞典』2014 ○ ○ 「得る=うまくとらえる」「的を得た表現」
『現代国語例解辞典』2016 ○ × 「的を得る」は誤り 【小学館】
『広辞苑・第7版』2018 ○ × 【岩波書店】
『精選版日本国語大辞典』 ○ ×
『デジタル大辞泉』 ○ ×
『旺文社標準国語辞典』 ○ ×
【ハンドブック・用語集】
*『NHKことばのハンドブック第2版』(2005) × ×
*『2005年版・朝日新聞の用語手引』(521ページ)
「的を得た発言」→的を射た発言
*『改訂新版・毎日新聞用語集(2007)』(397ページ)
「的を得る」→「的を射る」「当を得る」
*『新聞用語集2007年版』(393ページ)「誤りやすい慣用語句」
「的を得た発言」→「的を射た発言」
*『放送で気になる言葉2011』(16ページ)「誤用に気をつけたい言葉」
×「的を得る」 ○「的を射る」
~「要点をつかむ」「急所をつく」の意味で、「的を得た発言」「的を得た批評」などと言う。しかし、慣用句としては「的を射た」が正しい。「的を得た」は「当を得た」との混同が原因かもしれない。誤用として使用しない放送局もあり、『三省堂国語辞典』『現代例解国語辞典』などは《「的を得る」は誤り》と注をつけている。
※『三省堂国語辞典』=第5版(2001)と第6版(2008)。「第7版」では認めている。
×『現代例解国語辞典』→○『現代国語例解辞典』
*『読売テレビ 放送用語ガイドライン第三版』(2013)(142ページ)「間違いやすい言葉」
×「的を得た発言だ」 ○「的を射た発言だ」
~「的を射る」は「物事の肝心な点を確実にとらえる」ことを意味する。「的を得る」は誤用。「当を得る(道理にかなっている)」と混同されたための誤用と思われる。
*『記者ハンドブック第13版・共同通信社(2016)』(448ページ)
「的を得た指摘」→「的を射た指摘、当を得た指摘」
*『読売スタイルブック2017』=「誤りやすい慣用語句、表現」(389ページ)
「的を得た」→「的を射た、当を得た」
*『NHK間違いやすい日本語』(2017・第5刷)
・(33ページ)「的を得る」→「的を射る」または「当を得る」
・(249ページ)「的を射る」=「的を得る」は間違い。「当を得た」「正鵠を射る」は正解。
ということでした。
TBSでは「的を得る」も認める方向だそうですが、全体的には、
×「的を得る」→○「的を射る」
の流れは変わらないようです。