◆ことばの話3670「影の主役か?陰の主役か?」
7月9日の「情報ライブミヤネ屋」の放送後、イタリアのラクイラで開かれたサミットのニュースのスーパーに関してスタッフから、中国の「胡錦涛(こきんとう)主席」のこと を、
「影の主役」
と発注したら、
「陰の主役」
に直されていたんですが、どっちが正しいんでしょうか?と質問を受けました。
ネットで調べると、産経新聞は「影の主役」、「日テレ24」のニュースのサイトでは「陰の主役」とあり、日テレ系列だから「陰」でよかったかな、という話になりました。
『新聞用語集2007年版』で「陰」と「影」の使い分けを引いてみると、
*「陰」=(隠れて見えないところ、光の当たらないところ)陰口、かげながら、陰になり日向になり、陰の声、陰の実力者、陰弁慶、陰干し(以下略)
*「影」=(物の形、光、光をさえぎることでできる黒い部分)影絵、影が薄い、影の形に添うごとく、影の内閣、影法師、影武者、影も形もない、島影が見える(以下略)
ということで、似てるけど違う。今回の胡錦涛主席の場合は、急にイタリアから中国に帰ってしまってその場にいないのに「主役」ということで言うと、
「陰の主役」
が妥当な気がします。『新聞用語集』の「陰の実力者」の用例に近いですね。
「平成ことば事情3499」で、
「影の立役者」
というのも書きましたが、あれも本当ならば、
「陰の立役者」
ですね。Google検索(7月23日)では、
「影の主役」=5万8900件
「陰の主役」=2万0110件
ネット上(日本語のページ)では「影の主役」の方がよく使われていますね。ということは「陰の主役」の方が、文字通り「陰の主役」ということですかね。
2009/7/23
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◆ことばの話3669「異例づくしか?異例ずくめか?」
7月14日の朝日新聞に、「現憲法下の衆院解散・総選挙の表」が載っていて、その横に、
「戦後初8月総選挙、異例づくし」
という見出しがありました。しかしこれは、
「異例ずくめ」
なのでは?と思いました。
語感としては、「づくし」は能動的に「それで埋め尽くす」、下からずーっと、じゅうたんを広げるかのような感じがあります。それに対して「ずくめ」は、自分の意志とは無関係に、すでにそうなっている状況を俯瞰して、客観的に表現された感じがあります。
そもそも、なぜ「づくし」は「づ」で、「ずくめ」は「ず」なのか?という素朴な疑問もあります。『新聞用語集2007年版』を見ると、119ページ〜124ページに「仮名の使い分けの用例」として「づ」「ず」「ぢ」「じ」のいわゆる「四つ仮名」の使い分け例が載っていました。そこには「づくし」の用例としては、
「心尽くし(こころづくし)」
「ずくめ」の用例としては、
「黒尽くめ(くろずくめ)」「結構尽くめ(けっこうずくめ)」
が載っていました。
このあたり、専門家にお話を聞いてみようと早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんにメールしたところ、
「これは『現代仮名遣い』の方針にかかわることで、かなり人為的な、もっといえば恣意的なものだ」
というような書き出しの丁寧なメールが返ってきました。それによると、
『「心づくし」に対して、「黒ずくめ」「力ずく」になる理由は、「つくす」や「つく(つきる)」とのつながりが感じられるかどうかによります。「〜づくし」は動詞「尽くす」の意識が残っているのに対して、「〜ずくめ」「〜ずく」はもはや動詞とのつながりが感じられなくなっているというわけです。実際、「ずくめ」「ずく」の語源が直感的に分かる人は少ないでしょう。
『日本国語大辞典』によれば、「〜ずくめ」は「ヅク(尽)に接尾語メの付いた語」とありますが、語法としてはイレギュラーです。「〜ずく」については語源の説明もありません。実際のところ、「尽くす」から来たのか、「尽く(尽きる)」から来たのかも(私にとっては)あいまいです。「出ずっぱり」とか「つまずく」なども、「出突っ張り」「爪付く」という語源を考えれば「出づっぱり」「つまづく」でよさそうなものですが、語源が忘れられたために、本則は「ず」を使いますね。これらと同様でしょう。
しかし、それなら「こぢんまり」は「小+ちんまり」から来ていることを意識している人は少ないと思いますが、なぜか現代仮名遣いでは「こじんまり」とはしないのですね。恣意的だと私が思うのは、こういう点です。』
ふーむ、「づくし」「ずくめ」の表記の区別を決めたことに関しては、かなり「恣意的な」(ちょっとムリヤリな?)面もあるというご意見ですね。
また、日本新聞協会新聞用語懇談会の用語専門委員の金武伸弥さんにも伺いました。
『『新聞用語集』115〜116ページに《1、仮名の使い方は、おおむね発音通りとする。「ぢ、づ」は原則として「じ、ず」を用いる。》とあり、例外として、117ページに《5(2)2語の連合によって生じた「ぢ」「づ」は「ぢ」「づ」と書く》ことになっています。(例:はなぢ=鼻+血、みかづき=三日+月)
「心尽くし」「あいそづかし」は「心+尽くす」「あいそ+尽かす」ですから2語の連合で「こころづくし」「あいそづかし」です。
しかし、同じページの後に《なお、次のような語は、現代語の意識では2語に分解しにくいもの等として「じ、ず」を用いて書く》とあり、「うでずく」「くろずくめ」などが挙げてあります。 「黒ずくめ」「結構ずくめ」などの「ずくめ」は、漢字は「尽」を当てますが、接尾語で、単独でも「つくめ」と発音しません。したがって「黒+つくめ」ではなく、「黒+接尾語ずくめ」であると解釈します。
「腕ずく」「金ずく」「力ずく(力任せ)」も同様で、単独でも「つく」と発音しません。したがって「腕+つく」ではなく、「腕+接尾語ずく」であると解釈します。
同じ漢字を当てても「人妻」は「人+妻」で2語の連合ですから「ひとづま」、「稲妻」は現代語では「稲+妻」の意識はなく、1語ですから「いなずま」とします(語源的には「稲の妻」なのですが。そこで『新聞用語集』118ページには内閣告示「現代仮名遣い」は「いなづま」も許容しているが、この用語集では本則に従う。とあります)
また、「力が付いてくる」という意味の「力付く」は2語の連合で「力づく」です。
このことは拙著『王道日本語ドリル』(集英社新書)の「間違えやすい仮名遣い」の項にも解説してあります。』
ということで、詳しくは金武さんのご著書『王道 日本語ドリル』(集英社新書)で復習することといたしましょう。フムフム、たしかに174ページから181ページあたりに書いてあるぞ。「黒ずくめ」「黒づくめ」は「○黒ずくめ」が正解で、解説には、
「『ずくめ』は漢字で書くと『尽くめ』ですが、『つくめ』と発音することはなく、常に濁って発音するので『ずくめ』とします」
と記されています。詳しくは、本書をお読みくださいね。
2009/7/27 |
◆ことばの話3668「ボンド」
7月21日夕刻、「コニシ」の「ボンド」から、家庭向け製品では禁止されている化学物質が検出されたとして、870万本を回収するというニュースが。この、
「ボンド」
は「特定商品名」だと思って、新聞用語懇談会がまとめた「特定商品名」の一覧表を見てみたら、「黒い三角印」が。もし「特定商品名」で、「一般名詞に言い換える」場合は「×」のはずなのに、これは「未定」ということでしょうか?一応、「ボンド」の言い換え(一般商品名)としては、
「合成接着剤」
と記されていますが、注記として、
『のりおよび接着剤で「ボンドコニシ」「セメダインボンド」「セキスイボンド」などの登録商標があり、ボンドは一般名とみられるが、コニシは「ボンド」の商標権を主張している。』
となっていました。見解が分かれる商品もあるということですね。
2009/7/21
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◆ことばの話3667「青票の読み」
7月14日の「ミヤネ屋」でお伝えしたニュースで、衆議院の内閣不信任案の投票の原稿が有りました。その中に、
「白票」「青票」
という言葉が出てきました。読み方はもちろん、
「ハクヒョー」「セイヒョー」
ですが、これは耳で聞いて分かりづらい。そこで、
「白いハクヒョー」「青いセイヒョー」
と直して読みました。「白票」は言い直さなくてもいいでしょうが「青いセイヒョー」とのバランス上、「白いハクヒョー」と読みました。
なお「青票」は『広辞苑』では「セイヒョー」(表記は「せいひょう」)ですが、『NHK日本語発音アクセント辞典』では何と、
「(セイヒョー)アオヒョー」
となっているのです。つまり「セイヒョー」が「許容」で、「アオヒョー」がメイン。
これはやはり「セイヒョー」と音で聞いた時にわかりにくい(「清票」「正票」、あるいは「製氷」といった同音異義語が頭に浮かぶかも)ことが原因でしょう。でも「アオヒョー」と読んだら、
「このアナウンサーは、そんな読み方も知らないのか!」
と、視聴者からお叱りを受けそうです。じっさい、NHKのアナウンサーは「アオヒョー」とは読んでいないのではないでしょうかね?ちょっと今回は、オンエアーでは確認できませんでしたが。
2009/7/21
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◆ことばの話3666「企業風土か?企業文化か?」
キリンとサントリーが経営統合へ・・・という驚くべきニュースが出たのは7月14日。その日の読売新聞には、
「企業風土融合が課題」
という見出しで、
「堅実さで知られる上場企業のキリンと、非上場のサントリーの間で、企業風土を融合できるかが課題となる」
として、
「企業風土」
という言葉が出ていました。記事によると、サントリーが去年45年目で初めてビール事業を黒字転換したことに関して、創業者の「やってみなはれ」という精神の下、44年間も赤字を垂れ流してきたのを許したことは、株主の立場を考えると上場企業ではありえないことだというのです。
また、7月15日の朝日新聞では、見出しとリード部分では、
「企業風土」
でしたが、本文の中では、
「企業文化」
という言葉を使っていました。
さらに週刊誌『AERA』2009年7月27日号の「『勝ち組連合』の危機感」という特集の中では、編集部の太田匡彦(まさひこ)記者が、
「企業風土の違いを指摘する声も上がる」
と「企業風土」を使って書いた後、外資系アナリストの言葉として、
「リスクがあるとすれば企業文化の違い。」
と、今度は「企業文化」という言葉が出てきます。その後に、また、
「ただ統合がうまくいけば、企業風土の違いこそが最大のメリットになるとも見ている」
と、また「企業風土」が出てきました。「企業風土」と「企業文化」は同じ意味なのか?そもそも「風土」と「文化」は違いますよね。『広辞苑』を引くと、
*「文化」=(2)(culture)人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ科学・技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容とを含む。文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明を区別する。
*「風土」=その土地固有の気候・地味など、自然条件。土地柄。特に、住民の気質や文化に影響を及ぼす環境をいう。
お。ちょっと違いますね、当然ながら。つまり「風土」があり、それをバックボーンとして培われるものが「文化」なのですね。
そうすると、現在のそれぞれの「企業文化」に違いがある原因が、それぞれの「企業風土」ということですね。そして「風土」が違うものが統合で一つになることで、どちらの「企業文化」でもない「新しい企業文化」が生まれる可能性も、十分あるということですね。
実際に統合がうまく行くかどうかは、これからの様子を見守らなければなりませんが、「企業風土が違う」「企業文化が違う」ということだけを理由に、「統合は無理」と考えるのは「早計」だという気がしてきました。
2009/7/21
(追記)
7月22日、キリンホールディングスの加藤壹康(かずやす)社長が、朝日新聞のインタビューに答えていました。(7月23日の朝日新聞朝刊)その中で加藤社長は、
「(サントリーは)信頼できる会社だな、と認識したことは事実」
と答え、
「企業文化や、上場会社と非上場会社の違いはハードルになりませんか」
という記者(五十嵐大介、伊藤裕香子)の質問に対しては、
「ならないと思う。両方ともいい企業文化がある。」
と「企業文化」という言葉を使って(質問に含まれていたのですが)答えていました。
2009/7/23
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