◆ことばの話2457「3ガイ4カイ」
ネットの掲示板「ことばについての会議室」にこんな質問を書き込みました。
『最近の若者は、時間の「3分、4分」を、「3プン、4プン」と半濁音ではなく、清音で、「3フン、4フン」と言うようですが、助数詞の連濁に関して伺います。階数の「3階、4階」は「3ガイ」「4カイ」ですが、同じ「ん」のあとにくるのに、なぜ「3階」は「ガイ」と濁り、「4階」は「カイ」と濁らないのでしょうか?「3階」の方が、「4階」よりもよく使われるからでしょうか?また、「13階」は濁りますか?濁りませんか?「23階」はどうですか?「103階」は??「3階」は濁るのに「3回」は濁らないので、前に「ん」がくると連濁するということでもないようです。もう一つ、「3件」は濁らないのに、「3軒」はなぜ濁るのでしょうか???ご教示ください。よろしくお願いします。』
するとYeemarさんから書き込みをいただきました。
『「三階」と「三回」、「三軒」と「三件」の連濁の有無の違いは、語の新古、それに使用頻度によると思います。「三階」と「三回」の違いはアクセントも関係しているのでしょうか。
*文献について
最近では、田野村忠温「「さんがい(三階)」と「よんかい(四階)」」(『いずみ通信』16 1992.08)といった論文があるようですね(ちょっと入手しがたいものです。いずれ読みたい文章です)。
*三階と三回
「○階」のほうは、古くから使われています。(意味を無視すれば)すでに日本書紀に冠位十二階などに関する記述があります。日本古典文学大系(旧)の『今昔物語集』に「三階(サンカイ)ノ仏法」と清音表記があり、校注者がそう読んだと思われます。「平家物語」や元禄の西鶴作品では「三階」は「〜がい」と連濁しています(これは原典にそうあるのでしょう)。いっぽう、「○回」は、古い例はあるものの、一般化したのは、江戸時代後期に物語の回数で「第一回」「第二回」「第三回」と使われるようになってからではないでしょうか。「階」に比べ、よく使われるようになったのが遅かったと見ます。
*三軒と三件
「○軒」のほうは、江戸時代に入ってからはよく使われたようで、たとえば「好色一代女」に「三軒(げん)」とあるなどこの時期以降の例は多数あります。いっぽう、「○件」は、江戸後期以降でしょうか?用例も少ない模様。「春色辰巳園」に「御連中の時の一件かへ」とあり、「孔雀樓筆記」に「漁具六件」とあるような使われ方です。これらを見るかぎり、「三階」「三軒」のほうが「三回」「三件」より歴史が古く、かつまた、古くからよく使われているようです。
*「三階=さんがい」と「四階=よんかい」
「四階」が「よんがい」にならないのは、「四」を「よん」と読むのがずいぶん新しいからでしょう。『日本国語大辞典』の「よん」の項には、1917年の『口語法別記』の例しか載っていません。もちろん、これ以前にもこの読み方はあったでしょうけれども。
古くは「しかい」
でしょうか。
*「三階=さんがい」と「十三階=じゅうさんかい」
私は後者は濁らずに発音します。13階以上のビルは新しいため、濁りにくいのでしょうか。浅草十二階ができたのは明治ですね。これと似ているかどうか、「十四日」「二十四日」が「〜よっか」であるのに対し、「三十四日」「百四日」などは「〜よ(ん)にち」と言いたくなります。前者は暦にあってよく使うのに対し、後者はあまり使う機会がないからだと思います。
また、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんからもメールをいただきました。
『「会議室」の書き込み拝見しました。まったく偶然ですが、このようなことについて先日ラジオで話をする機会がありました。
2005年5月29日(日)NHKラジオ第一放送 朝6:16〜6:23ごろ
内容:「4階はヨンカイなのに、3階はなぜサンガイと濁るのか?」
同じような内容を、NHK文研のHPに公開しています。署名はありませんが、筆者は塩田です。
http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/kotoba_qa_05050101.html
なお、これは私の「新説」でもなんでもありません。
「ニカイ、サンガイ、シカイ、ゴカイ」
の例は、ロドリゲス『日本大文典』に表れています。
また、「13階」「23階」「103階」が濁るかどうかについては、「個人的には、『〜3階』は、すべて濁るように思います。」
とのこと。「3件」は濁らないのに、「3軒」はなぜ濁るのかについては、
「『3階』は濁るのに『3回』は濁らない、というのも同様。日本語の単語には、助数詞をはじめとして、場合により濁る単語と、ぜったいに濁らない単語とがあるように思う。これにはいろいろな要因がからんでおり、一筋縄ではいかないが、こと『3階〜3回』「3件〜3軒」については、古い中国音が関連しているのではないかと考えている」
ということでした。そして塩田さんは、大阪外大の田野村先生の論文のコピーを送ってくれました。ありがとうございます。それによると・・・・
<田野村先生の論文のコピー、大切に保存して置いたら、どこかにまぎれてしまいました・・・・出てきたらこの部分、追記します。あしからずご了承ください。>
また、質問メールを送った、武庫川女子大学言語文化研究所所長の佐竹秀雄教授からも、お返事をいただきました。
『1997年の春ごろ洗剤のコマーシャルで三田佳子さんが「3ハコ」と発音していた。ディレクターかライターの指示かもしれないが。濁らなくなるのは、言語の単純化の原則によるものと思われる。また「13階、23階」は、私は濁らずに発音している。
整理すると、
A |
3階は濁り、3回は濁らなかった。 |
A' |
3軒は濁り、3件は濁らなかった。 |
B |
サンガイとヨンカイではアクセントパターンが違う。 |
B' |
サンガイとサンゲンはアクセントパターンが同じ。 |
といった事実が観察される。連濁については、そのルールはないに等しいようだ。「ん」の後には連濁が起りやすいのは事実だが、必ず連濁するわけでもない。もう一つ連濁することは、連濁する前部分と後部分が密着しているとは言える。つまり最近は、3と階を分節して認識する傾向が強くなってきたために、サンカイと発音する人が多くなっていると思う。使用頻度というか、身近なことばほど連濁する可能性が高いというのが、案外正しいのではないか』
ということです。
ところで、2005年9月19日16時6分、NHKラジオ第一の放送を聴いていたら、遠藤ゆみリポーターが、
『都営住宅のよんがい』
と言いました。出たか、「ヨンガイ」!(←「出たな、妖怪」に引っ掛けたダジャレです・・・。)
(ついでですけど、野口博康アナウンサー[昭和21年生まれ]は、「見れる」と「ら抜き言葉」を使っていました。)
まあ、「ヨンガイ」が定着するにはまだ時間がかかると、思うのですがねえ・・・。
忌み言葉と、発音の法則がバッティングすること、またその使われる歴史の長さなど、これは本当に奥が深い問題だなあと感じました。
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2006/1/24 |
(追記)
上に、
<田野村先生の論文のコピー、大切に保存して置いたら、どこかにまぎれてしまいました・・・・出てきたらこの部分、追記します。あしからずご了承ください。>
と書いたところ、Yeemarさんが、
「その論文、道浦さんから送ってもらったものを保存しておりましたから、お送りします」
とメールで送ってくれました!あ、ありがとうございます!
田野村忠温『「さんがい(三階)」と「よんかい(四階)」』(『いずみ通信』16:1992、8月)という論文です。
それによると、「撥音」である「三(さん)」「何(なん)」に続く時に「百(ひゃく)」は濁って、
「さんびゃく」「なんびゃく」
となるのに、同じ撥音の「四(よん)」に「百」「千」が続いても、「よんびゃく」「よんぜん」とは濁らないで、
「よんひゃく」「よんせん」
となるのは、現代語だけを見ている限り、不規則であり不可解なようだが、通時的に見れば(つまり言葉の歴史から辿って見ると)、簡単な理由があることがわかる、としています。その「簡単な理由」とは、
『手短に言えば、現代語で「よん」と言うところは、古くはもっぱら「し」(または「よ」)が使われ、したがって、「さんびゃく」「しひゃく」のように言われていた、そのことが現代語で「よん」に続く位置での濁音化を抑制しているものと思われる。
数詞の「百」「千」の場合ほど明確ではないが、助数詞についても同様の傾向が認められる。例えば、鉛筆は「さんぼん」「よんほん」、建物の階数は「さんがい」「よんかい」、靴は「さんぞく」「よんそく」のように言う人が多い。「よんがい」などと言う人もいるにしても、それは「さんがい」からの類推によって生じた形であろう。助数詞による違いや世代差・個人差は大きいが、少なくとも、同じ人が、同じ助数詞を、「さん」では濁らせないで「よん」では濁らせるということはまずないものと思われる。』
と、昔は「四階」を「よんかい」ではなく「しかい」と読んでいた名残りであるというのですね。そして「よん」という形が一般化した時期については、「これはかなり最近のことのようだ」と書いています。
「『口語法別記』(大正六年)には、『数を呼ぶに、次のように云うことがある、聞きちがわせぬ為である。
二百四十番(ふたひゃくよんじうばん)
四百七十九円(よんひゃくななじうきうえん)』
とある。この記述の裏に、当時普通は「にひゃくしじゅうばん」「しひゃくしちじゅうくえん」と言っていたということがあることは言うまでもない。
あえて素人の憶測を述べれば、明治期に「に」→「ふた」、「し」→「よ(ん)」、「しち」→「なな」、「く」→「きゅう」という四組の代用が商売などの場面で発生し、「に」→「ふた」を除く三組がその後、日常語レベルにまで浸透・定着したものと思われる。「ふたひゃく」などは、現在、かろうじて証券関係のニュースで耳にする程度であり、定着にはほど遠い。
B・H・チェンバレン氏の『日本口語文典(第三版)』(明治三一年)には、
商売人はよく「しちじっせん」の代わりに「ななじっせん」と言うが、こう
言わなければならないものでもないし、品のある言い方でもない。
などとあり、新しい言い方が当時どのように受け止められていたかが窺われ、興味深い。』
そして論文は、こう続いています。
『たまたま目に触れただけのものであるが、『かたこと』(白木進編著、笠間書院)に、
二月(きさらぎ)を にんぐはち共。四月(うづき)を しんぐはち共。
という記述があり、また、『浮世風呂』(岩波古典文学大系)の中の手まり歌に、
廿(にじゅ)ヤ、卅(さんじう)ヤ、四十(しんじゅ)ヤ、五十(ごんじゅ)ヤ、
…というくだりがある。「よん」の由来は、あるいは、こうした「しん」(そして「にん」「ごん」)という形との関連で考えるべきものなのかも知れない。』
『なお、ご関心がおありの向きは、拙論「現代日本語の数詞と助数詞――形態の整理と実態調査――」(『奈良大学紀要』第一八号、一九九〇年)もあわせてご覧いただければ幸いである。』
と論文は結んでいます。少し長い引用になってしまいましたが、それだけの価値のある論文だと思います。
「し」=「死」につながるという「忌み言葉」の思想の影響や、商売上聞き取りにくい、聞き間違いやすい音を、言い換えたこと、また「ん」をつけた読み方「しん(四)」「にん(二)」「ごん(五)」という形が「し」→「よ」と変化した時にも影響を与えて、「よ」→「よん」となったかもしれない(「しん」→「よん」)ということですね。
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2006/1/27 |
(追記2)
NHKの「気になることば」で、ことばおじさんの梅津正樹アナウンサーが、3月1日に「数の読み方いろいろ」と題して、「三階」は濁るのに、「四階」は濁らないことについて、こんなことを書いています。
『ところで、「3階」は、「さんかい」?それとも「さんがい」と濁りますか?実は、「さんがい」が正しいのです。実は日本語には、「『ん』の後は濁ることが多い」という傾向があるためです。しかし、「よんかい」は「ん」の後でも「かい」と濁りませんね。これは、もともと漢語の発音の「しかい」が「よん」に置き換わっただけなので、そのまま濁らない「かい」となったようです。最近では「さんかい」と言う人の割合が増えているようですね。文化庁の調査では、H9年に26%だったものが、H15年度では36%となっていました。』
文化庁でも調査をしていたのですね。でも最近は、濁らない「さんかい」どころか、濁る「ヨンガイ」まで出てきてますから、事態はさらに先に進んでいるようです。
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2006/3/24 |
(追記3)
実は既に「平成ことば事情435三階の"かい"と"がい"」に同じようなことを書いていました。
また7月12日の夜、東京の「タカシマヤ・タイムズスクエア」(新宿南口の高島屋です=14階建て)の13階から、50歳くらいの男性が飛び降り、隣接するビルとの通路になっている2階のベンチに座っていた男女3人が巻き添えになる事件がありました。
このニュースを伝えた、この日のテレビ朝日「報道ステーション」で古館伊知郎さんは、
「13階」を、
「ジューサンカイ」
と濁りませんでした。また翌日(7月13日)の「ズームイン!!SUPER」で西尾アナウンサーは
「ジューサンガイ」
と濁っていました。
なお、飛び降りた男性は全身打撲で間もなく死亡、巻き添えになった3人のうち45歳の男性が左足骨折の大けが、残る2人の男女は打撲などの軽傷だそうですが、巻き添えにあった方は本当にお気の毒です。私たちもビルの下にいる時は、気をつけないといけませんね・・・。
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2006/7/13 |