◆ことばの話2157「押しも押されぬ」
タイトルの「押しも押されぬ」は誤用であり、正しくは、
「押しも押されもせぬ」
である、ということはわかっています。後輩のアナウンサーが間違っていたりすると指摘します。と言うか、たいていは、記者やディレクターの原稿が間違っているのをそのまま読んでしまっているわけだけれども。
私も委員の一人である日本新聞協会の新聞用語懇談会放送分科会が2003年春に出した
『放送で気になる言葉改訂版』の13ページには、「慣用句の誤り」の一番目に載っていて、
『「押しも押されぬ歌舞伎界のプリンス」「押しも押されぬ次世代のアイドル」などの誤用例が非常に多い。正しくは「押しも押されもせぬ(しない)」で、『新聞用語集』の「誤りやすい慣用語句」にも収載されている。同じような意味の成句に「押すに押されぬ」があるが、これとの混用であろうか。』
と記されています。
また、Yeemarさんのホームページ「ことばをめぐるひとりごとり」でも2001年の4月11日に「押しも押されぬ」を取り上げています。それによると、金田一春彦氏の『ホンモノの日本語を話していますか?』(角川oneテーマ21)の中で、
『この「お母さん」という言葉は、いまでは日本国中どこへ行っても押しも押されぬ標準語になっているが、明治の末のころまでは、東京では士族階級の人たちはオカカサマと言い、町人階級の人たちはオッカサンと言うのが普通だった。(p.148)』
というふうに「押しも押されぬ」という言葉が出てきたが、これは金田一氏の原文にあったのか?それとも、組み版の際に間違ったのか?と疑問を呈しています。そしてYeemarさんは、ご自分の調査の中で見つけた「押しも押されぬ」としては、
『1987年「あばれ太鼓」でデビュー。そして今や押しも押されぬ国民的歌手となった坂本冬美。(東芝EMI株式会社ファミリークラブ「坂本冬美大全集」広告「週刊朝日」1999.11.19)』『しばらく前、わたしの服装を同僚にほめられたのだ。ただの同僚ではない。鍛え抜かれた目をもつ女性教官で、しかも驚くなかれ、押しも押されぬ服飾美学の専門家に絶賛されたのだ。(土屋賢二・棚から哲学 「週刊文春」1999.06.10
p.111)』
などを挙げ、伝統的には「押しも押されもせぬ」だったものなので「押すに押されぬ」との混用か(『朝日新聞の用語の手引』)とするものもあるが、キッチリと伝統的な使い方をして欲しいと述べてらっしゃいます。
そういった誤用は、最近のことかと思ったら、結構昔からあるようで。ドラマ「白い巨塔」のマニアで、昔の田宮二郎主演の「白い巨塔」のDVDまで購入してしまったSアナウンサーが、こんなメールを送ってきました。
「『白い巨塔』を見ていたら、田宮二郎扮する主人公の財前吾郎が『これで俺も、押しも押されぬ名教授というわけだ』と一言。『押しも押されもせぬ』の誤用は、けっこう古くからあるんですね。」
田宮二郎の「白い巨塔」は1978年の放送ですから、今から27年前には、もうこういった言い方は出てきていたわけですね。
今でも時々目にしては、
「それは違うよ!」
と注意してはいるのですが、「押しも押されぬ」は語呂がよく短いためか、「押しも押されもせぬ」よりも、ついつい使われてしまっているようです。
GOOGLE検索でも(4月18日)、
「押しも押されぬ」= 2万0400件
「押しも押されもせぬ」= 7390件
「押しも押されもせぬ」が「押しも押されぬ」に「押されている」という状況です。
ついでに、(4月20日)
「押しも押されもしない」= 678件
でした。
|