◆ことばの話1900「唯我独尊」


先月(8月)6日の、59回目の広島・原爆の日に秋葉忠利・広島市長が読むコメントの中に、
「唯我独尊」
という言葉が入っていることに対して、「言葉の使い方が違う」と浄土真宗・本願寺派(の安芸教区教務所)がクレームをつけるという出来事がありました。
8月5日18時52分更新の共同通信のウエブの記事は、
『小型核兵器の研究を解禁した米国を「唯我独尊主義の極み」と厳しく批判。北朝鮮の核開発に対しても「実のない『核兵器保険』への加入だ」と憂慮を表明する。』
と報じています。この秋葉市長のコメントは、それ以前に発表されていたので、それについて、「一広島市民」からも「広島市みんなの掲示板」に、
『世界の状況を分析し、あらゆる角度から十二分に練られた上で作成されるであろう平和宣言、また世界中の仏教徒にも英語で配信されるであろう平和宣言に、決して仏教徒ならば誤用するはずもないお釈迦様のお言葉が、何のためらいも無く堂々と「唯我独尊主義」という造語で語られているからです。何かの間違いかとも思いましたが、残念ながら事実のようでした。おそらく文意からすると、アメリカブッシュ政権の「一国覇権主義」的行動を、「唯我独尊主義」と作文されたのでしょうが、これはあきらかに仏教用語の誤用・無知からきたものであり、世界にアピールする平和宣言には極めて不適切だと思います。』
という書き込みが8月3日の夜の時点で書き込まれていました。
「唯我独尊」というのはお釈迦様の言葉で「天上天下唯我独尊」の後半部分で、本来の意味は、(共同通信の記事に載っている)浄土真宗・本願寺派の安芸教区教務所によると、
「『どれ一つとして尊くない命はなく、だからこそ尊い』というお釈迦様の言葉」
となっています。
これを読んで、「えっ!そうなのか!」と思いました。私も「天上天下唯我独尊」とは、「この世で私が一番偉い」という意味だと思っていました。「唯我独尊」を国語辞典で引いてみると、
(新明解国語辞典)
「(釈尊が誕生の際、口にしたと言い伝えられる語)自分がただひとりの存在であるということ。(自負・自尊の意にも、うぬぼれの意にも使う)」
(岩波国語辞典)

「自分だけがすぐれていると自負すること。▽釈迦が生まれた時、『天上天下(てんげ)唯我独尊』と言ったという、その句に基づく。」
(明鏡国語辞典)
「(1)天地間にある我よりも尊い存在はないということ。▽釈迦が唱えたという『天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊』の略。(2)世の中に自分ほどすぐれているものはないと、うぬぼれていること。」
(新潮現代国語辞典)
「(1)『天上天下(テンジョウテンゲ)唯我独尊』の略。(2)自分ひとりがとうといとうぬぼれること。ひとりよがり。」
(広辞苑)
「(1)天上天下唯我独尊の略(2)世の中で自分ひとりだけがすぐれているとすること。ひとりよがり。」
(日本国語大辞典)

「(釈迦が生まれた時に七歩あるいて天地を指さし、『天上天下唯我独尊』と唱えたという故事による)仏語。この世界にわれよりも尊いものはないということ。天上天下唯我独尊。(2)自分だけが偉いとうぬぼれること。ひとりよがり。」(用例、略)

ということで、手元の国語辞典には『どれ一つとして尊くない命はなく、だからこそ尊い』
という意味は載っていないのです。
私は「天下」は「てんが」だと思っていたのですが、辞書では、
「てんげ」
と書いてあるものが多いのですね。「てんか」でもありません。
釈迦が生まれたときに示したという文章の中の「われ」というのは、当然「釈迦」を指していると思っていたのですが、もしこの「われ」が「それぞれ一人一人」という意味に取れば、「どれ一つとして尊くない命はない」という意味にもなるかと思いますが、ちょっと無理があるのではないでしょうか?
お釈迦さんの教えはムズカシイ。
でも宗教関係者にとっては「どれ一つとして尊くない命はない」という意味であることは「常識」のようなので、秋葉広島市長は、俗世間で使われる意味を原爆の日のコメントに使うのは、やめたようです。結局、共同通信8月6日13時45分更新のウエブ記事によると、秋葉忠利市長が平和記念式典で読み上げる予定だった平和宣言の「唯我独尊主義」との言葉を、
「自己中心主義」
に訂正したということです。訂正の理由について秋葉市長は、
「(唯我独尊には)俗世界での意味もあるが、宗教的な意味もある。平和宣言はできるだけ多くの市民の声を反映させるものと考え、変更した」
と説明したとのことです。これについて浄土真宗本願寺派の安芸教区教務所は、
「市長の英断で非常に適した言葉に置き換えられて読み上げられ、敬意を表する」
との談話を発表しています。
たしかに誤解を招く表現は避けた方がいいですし、「唯我独尊」に「主義」をつけた「唯我独尊主義」って言葉はなんか収まりが悪いですが、それにしても「唯我独尊」の本来の意味がそういうものだったというのは、本当に全然知りませんでした。というより、国語辞典でしっかりそのように記したものはあるのでしょうか?そのあたりに疑問が残りました。
Sアナウンサーにその点について聞いてみると、
「あまりにも『織田信長』のイメージと『唯我独尊』という言葉が切り離せないイメージがあるからじゃないですか?」
とのこと。もしそうだとすれば、もう誤用の歴史は500年近くにもなるってことですかねえ・・・。そのSアナウンサーがこんな記述をネットで見つけてきました。

【天上天下唯我独尊】(てんじょうてんがゆいがどくそん)
元は、ドイツ哲学の観念性を揶揄する言葉。カントなどを代表とするドイツ哲学の観念性は、近代において大きな影響力を持ち、ヘーゲルを経て、思想的伏流として、マルクス主義の独善性の形成を招いた。ヴィトゲン・シュタインは、唯我論(Solipsism)への深い探求の末に、これを克服し、天上(形而上)においても天下(形而下)においても、唯我論が独逸において尊ばれていることの非を指摘した。転じて、今日では西欧人(特にドイツ人)の尊大さを皮肉る意味を持つ。略して【唯我独尊】とも言う。

これは、語源とは関係なくパロディですから、あんまり関係ないな。
本棚を探してみると、山折哲雄編著『仏教用語の基礎知識』という本が出てきました。それに「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」が載っていました。
『釈迦は誕生してすぐに立ち上がり、「天上天下唯我独尊(天にも地にも我は最尊なるもの)」と告げたという。釈迦は最高の敬いと祈りをささげられる対象であったから、その生誕は天界の花々と甘露を持って神々に讃えられたといい、釈迦自身も「天上天下唯我独尊」と告げたと伝承される。甘露は古代インドの聖典「ヴェーダ」で神々の飲料と語られるアムリタのこと。祭儀で用いられた酒の一種で、一説にはベニテングダケのアルカロイドを含む幻覚性のものだったという。花祭りの甘茶は、アマチャ(アジサイの近種)の葉を煮出したもの。』
後半は関係ないのだけど、吉本ばななの「アムリタ」は「甘露」のことだったのか。知らなかった。
もとい。
この本にも、浄土真宗本願寺派の安芸教区教務所のいう「唯我独尊」の意味は記されていませんねえ・・・。どこに載っているのだろうか?ネットで検索したところ・・・ありました!浄土真宗、親鸞の教えのQ&Aとして、こんなものがありました。ちょっと長いですが引用します。

(問)お釈迦さまは誕生なされた時に、「天上天下、唯我独尊」 と言われたそうですが、仏教はそのような独尊的な教えなのでしょうか。
(答)大変世間一般に誤解されている仏教の言葉です。確かに、釈尊が誕生された時に、天と地を指さされて「天上天下、唯我独尊」と叫ばれたと記録されています。これを多くの人々は、
「この世で一番偉くて尊いものは、自分一人である」
と、釈尊が威張られたことのように思って、大変うぬぼれた言葉のようにあつかっています。しかしこの「天上天下、唯我独尊」という心は、決してそのような思い上がった心でおっしゃったものではないのです。この「我」というのは、決して釈尊だけのことをおっしゃったものではなく、人間一人一人のことなのです。だから、人間誰しも釈尊と同じように「天上天下、唯我独尊」なのであり、またそう言えるのです。
では、「独尊」とはどういうことかといいますと、たった一つの尊い使命ということで、決して自分一人が偉いのだということではありません。ですから、「天上天下、唯我独尊」ということは、我々人間には、天上天下広しといえどもたった一つしかない聖なる使命を果たすべく、この世へ生まれてきたのだということなのです。


ということのようですね。なぜ、世間一般で誤解されるようになったのか?そのあたりは疑問のままです。


2004/9/15



◆ことばの話1899「メモリーオーディオプレーヤー」

最近人気のi-Pod(アイ・ポッド)。カラフルで容量が小さいmini(ミニ)も出て、手ごろな価格で注目です。それにつけても、こういったヘッドフォンステレオ機器も進化を遂げましたねー。高校三年の時に初めて聞いた「ウォークマン」の衝撃が、もう25年も昔のことなんだなあ・・・と感慨深く思っています。
さてそのi-Podは、当然アップルコンピューターの商標名なんですが、一般的にはこういった商品をなんと呼ぶのか?というのが、今回のテーマです。
『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)という漫画雑誌を読んでいたら、このi-Podプレゼントというのが載っていて、そこには、
「メモリーオーディオプレーヤー」
というふうに書かれていました。(あ、今、「メモリーオーディオプレーヤー」と書こうとして「メディカルオーディオプレーヤー」と書いちまったぜ。カタカナは難しいな。)
さらに、アップルのi-Podと、ソニーの「NW−HD1」というものを比較したコーナーもあって、そこには、
「最新HDDプレーヤー対決」
というタイトルが記されていました。ということは、こういったものは、
「HDDプレーヤー」
とも言うのかな。HDDって何?って聞いてもあんまり知っている人が私の周りにはいませんでした。調べると、
「Hard Disk Drive」
でした。そのほかに、
「携帯オーディオプレーヤー」
という言い方もあるようですが、これは大変大きな『くくり』ですね。
GOOGLE検索(9月15日)してみると、

「メモリーオーディオプレーヤー」 =3050件
「HDDプレーヤー」
=39万9000件
「携帯オーディオプレーヤー」 =4万1400件

といったところでした。こういったものに詳しい脇浜アナウンサーに、どういうふうに言うのか聞いてみたところ、
「昔は『MP3(エムピースリー)プレーヤー』と言ったんですけどねー。これなんか『MP3』です。ああ、ここ(本体)に『ポータブル・デジタルオーディオプレーヤー』って書いてありますね。メモリースティックみたいなのを入れるものはHDDじゃないし、なかなか難しいですね。ちょっとi-podのホームページを見てみますね・・・『デジタルミュージックプレーヤーの理想形』って書いてありますね。でもこれ(=デジタルミュージックプレーヤー)だと、まだ範囲が広いですね。また詳しい人に聞いておきます。」
とのことでした。

2004/9/17

(追記)

2005年11月3日の産経新聞で、この関連の記事が出ていました。それによると、
「デジタル携帯音楽プレーヤー」
の国内市場が急速に拡大している中で、i-podの独走が明らかになってきたということで、普通名詞としての使われ方としては、少し短めにして、
「携帯音楽プレーヤー」
という呼び名のようです。Google検索では(11月4日)

「メモリーオーディオプレーヤー」 =2万9900件
「HDDプレーヤー」 =16万3000件
「携帯オーディオプレーヤー」 =2万2700件
「デジタル携帯音楽プレーヤー」 =1万5100件
「携帯音楽プレーヤー」 =25万4000件
「デジタルメモリーオーディオプレーヤー」 =303件
「デジタルHDDプレーヤー」 =33件
「デジタル携帯オーディオプレーヤー」 =93件

ということで、一番多かったのは、「携帯音楽プレーヤー」でした。

2005/11/4
(追記2)

11月11日の日経新聞に、国内の携帯音楽プレーヤーの2005年の出荷台数は全体でが、720万台になる見通しで、そのうちフラッシュメモリーやハードディスク駆動装置(HDD)を内蔵したデジタル機種が63,9%を占め、MDやCDプレーヤーなど従来の機種と逆転したと出ていました。2004年の国内市場規模は660万台で、従来機種がそのうち380万台と半分以上を占めていたそうです。
2005年は、フラッシュメモリーを内蔵アップルコンピューターの「i-pod シャッフル」とソニーの「ウォークマン」が市場を牽引したとのこと。フラッシュメモリー型だけで前年比2倍以上の250万台となる予測だそうですよ。しかし、2010年には、大容量を生かしたHDD型が、動画保存の需要を受けてフラッシュメモリー型を抜くと見られているということです。

2005/11/11
(追記3)

2005年10月17日の日経新聞の「核心」というコラム欄で、
「i-podから聞こえる経営」
というタイトルで日経新聞コラムニストの西岡晃一さんという人が書いています。そのなかに出てくるのは、
「携帯音楽プレーヤー」
という呼び方です。
「このアップル、パソコンの事実上の生みの親でありながら長らく低迷していた。それが四年前に発売した携帯音楽プレーヤー『i-pod』をけん引車に力強い足取りが復活した。」
「携帯音楽プレーヤーの先鞭をつけたのはいわずと知れたソニーのウォークマン」

とあります。これまではウォークマンは、「ヘッドホンステレオ」というふうに、その外見上の特徴から一般名詞化されていましたが、今はその使用上の目的と利用内容が一般名詞化して、ウォークマンもi-podも、同じ分野に統合されてしまったということでしょうかね。
2005/11/12


◆ことばの話1898「赤ちゃんか?嬰児か?」


8月下旬、
「きょう未明、奈良市でゴミ袋に入った赤ちゃんの遺体がみつかりました」
という読売テレビ発のネットニュースに対し、日本テレビから、
「赤ちゃんではなく、えい児、または赤ん坊という表現が適当ではないか」
との要求がありました。Wデスクが各種資料を調べたところ、そんな言い換えを原則とすると書かれたマニュアルがなかったそうです。それについてSアナウンサーから、
「『赤ちゃん』はダメなんてことは、決めてないですよね?」
というメールが来ました。
「『赤ん坊』の方がいいんじゃない?ニュース的な書き言葉では『嬰(えい)児』もあるけど。」
と返事出したところ、
「『赤ん坊』の方が俗語っぽくて、『赤ちゃん』の方がいいですよ」
というメールが返ってきました。Sアナウンサーが調べてくれたところによると、
<共同通信>
(放送用)→赤ちゃん、女の子。
(新聞用)→赤ちゃん、生後間もない女児。
<時事通信>→赤ちゃん、女児。
<毎日新聞>→赤ちゃん、乳児。
<朝日新聞>→赤ちゃん、乳児。
<読売新聞>→新生児、生後間もない女児。
<ABC>→赤ちゃん、生後間もない女の子。


ということで、実際には、共同・時事・朝日放送は「赤ちゃん」を使っていたとのこと。「女児」「女の子」「生後間もない女の子」という表現も混在していたそうです。
「赤ん坊」もいいと思うんだけどな。子供の敬称だと、小学校の低学年まで「ちゃん」が使われることを考えれば、「赤ちゃん」もおかしくないということですかね。
2004/9/16



◆ことばの話1897「1000円からお預かりします2」


平成ことば事情1275「1000円よりお預かりします」で書いたものの続きです。
今日、会社の食堂に昼めしを食べに行った時に、食堂のおばちゃんがこう言いました。
「493円いただきます。」
私は1000円札を出しました。すると、
「1000円からで、よろしいでしょうか?」
これだ!と思いましたね。この「1000円からでよろしいでしょうか?」を先に言って、それから「493円いただきます。」を言って、千円札を預かったとしたら、
「1000円から(でよろしいでしょうか?493円になります。千円札を)お預かりします。」
となって、(  )の中は心の中で言ったとすれば、
「1000円からお預かりします。」
になるではないですか!これだ!
いかがでしょうか?こういう説は?

2004/9/14



◆ことばの話1896「レンタカー店」


今月(9月)1日、京都市伏見区の華道教師の家に強盗が押し入り、逃げる際に放火した事件の翌日、大阪市茨木市でタクシー運転手が殺される事件がありました。そして、この二つの事件が、実は関わりがあることがわかったのです。というのは、京都の事件で使われたレンタカーを借りていたのは、茨木市で殺されたタクシー運転手だったのです。ムムム、これは一体どういうことなのか。元同僚の男が逮捕されましたが、事件は現在(9月15日)も捜査中です。
このニュースの原稿を読んでいると、
「レンタカー店」
という言葉が出てきました。なんかひっかかるな、と思いながらそのまま読んでしまったのですが、あとでよく考えると、やはりヘン。普通、こういう場合は、
「レンタカー会社」
というのではなかったか、そうだそうだ、そうでした。
GOOGLEで検索すると(9月15日)、
「レンタカー店」=    775件
「レンタカー会社」= 2万1400件

と、やっぱり圧倒的に「レンタカー会社」が多いですね。「レンタカー店」は耳慣れないものナ。次からは「レンタカー会社」で読みます。
2004/9/15
 
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