◆ことばの話1800「数時間」
6月21日月曜日、台風6号が近畿地方を直撃。私は朝から、万が一新幹線が遅れたりした場合の情報を伝えるために、JR新大阪駅で中継のスタンバイをしていました。
午前中は特に乱れはなかったのですが、午後になって強風の影響が出てきました。そして13時過ぎに滋賀県の近江八幡市内の線路の架線の上に、なんと近くのホテル(モーテルだったらしい)から強風で飛ばされてきた「屋根」と思われる巨大構造物(10×50メートル)が乗っかって、架線が切断され停電したため、東海道新幹線は京都と米原の間で最大7時間ストップするという事態になりました。
私は朝9時半から夜の7時までずっと新大阪駅にいたのですが、夕方のニューススクランブルの中継の頃にようやく、その架線上の構造物をクレーンなどで撤去する作業が行われているという情報が入ってきました。中継が終わったあと、新幹線改札の横にある電光掲示板に、午後6時現在の情報として、
「巨大障害物の撤去完了には、数時間かかる見込み」
という文字が流れました。私はこの「数時間」というのは、一体、何時間のことを見込んでいるのか?というのが気になりました。
会社に戻ってから隣の席のHアナウンサーに、
「『数時間』って何時間だと思う?」
と聞くと、彼は、
「うーん、2〜3時間かな」
と答えました。しかし、あの状況で、2、3時間で復旧するとはとても思えない。私は、
「3〜4時間、あるいは5〜6時間かかるのではないか」
と思っていました。
たしかこの「数○○」に関しては、NHK放送文化研究所の調査結果があったのではないか?と思って探してみると、ありました。
『放送研究と調査』平成15年(2003)6月号の特集で「平成14年度『ことばのゆれ』全国調査から(2)」をまとめた「短くなる『数日』」というのがありました。山下洋子さんの論文です。
それによるによると、「数○○」の範囲は、現行の国語辞典では「3,4から5,6」を指しているとのこと。しかし古い辞書では、「数」は、「10より少ないいくつか」(『改訂増補和英語林集成』1886年)、1914年に出た『辞海』で「数日」は「10日以内」となっているとのことです。つまり国語辞典では「数」が示す範囲がだんだんと短くなってきている様子が見て取れるというのです。
また「数」のあとの助数詞によっても「数」が示す数が変わるということも記されています。
そして興味深いのは、「数日」についての調査で、「数日というのは何日くらいか?」という質問に対して「年代が若いほど2〜3日後」と答える人が多かったというのです。そして「数日」の平均値は、
「3,4日」
だということです。1981年に同じような調査をした時の見坊豪紀氏の調査報告からみると、「2〜3日という言い方がほかにあるのだから、数日後はそれ以上のはず」と答えた若い人が当時(1981年)はいた、ということです。逆に今の若い人には「2〜3日」という語彙が消えてしまって、その範囲は「数日」の中に含まれてしまっているのではないか、というのが山下氏の主張です。
ついでに「数人」については年代差が激しく、年代別の平均値を見ると
20代=3,6人
30代=3,7人
40代=3,7人
50代=3,8人
60歳以上=4,3人
と60歳以上とそれ以下で、認識にかなり開きが見られるようです。
さらに「数百人」についての平均値も、年代が上がるにつれて増え、
20代=336人
30代=360人
40代=351人
50代=357人
60歳以上=390人
年代が上がるにつれて増え、というよりは、「60歳以上が急激に増えている」ようにみえます。
こういった抽象的な、範囲を持った言葉というのは、使う側と受け取る側の年齢差によって、随分と開きがあるため、非常に誤解を招きやすい言葉であることがよくわかりますね。
そうそう、結局、台風6号によって架線んも上に飛ばされてきた巨大な屋根の撤去作業が終わって、新幹線が運転再開をしたのは、午後8時10分過ぎ。つまり、あの電光掲示板のお知らせが出てから、
「2時間10分」
で復旧したわけですから、JR東海・西日本が示す「数時間」というのは、Hアナウンサーが予想したとおり、
「2〜3時間」
ということになります。やはり「数時間」は、「ひかり」や「のぞみ」のスピード化とともに、早く・短くなっているのですね。もっともこの日の新幹線の「遅れ」は最大で、
「7時間半」
だったんですけどね。
2004/6/30
◆ことばの話1799「断続的に発達する雨雲」
先日のお天気原稿の中で、
「断続的に発達する雨雲」
というのが出てきて、報道のデスクから、
「これはおかしいんじゃないですか?」
という意見が出ました。確かに、どこかおかしい。どこがおかしいのか?
たとえば、「断続的に雨が降り」ならばOKです。なぜならば、「雨が降ったり止んだり」という「ON・OFF」があるからです。「断」は「OFF」ですよね。「雨が止む」ということはこの「OFF」に当たるからです。
ところが「発達」というのは「継続的にプラスの方向に進んでいくもの」だと考えられますから、それが『断』、途切れてしまうことは「発達」という概念にそぐわない気がするからです。停滞することがあってもプラスの方向に進んでいくのが「発達」で、その中に「断」は存在しないと考えられるからではないでしょうか。
結局この原稿は、「断続的に」を削除して、
「発達した雨雲」
という表現にしました。
これはこれでよかったのですが、その後、Hアナウンサーと、
「強い雨が断続的に降る」
という表現に関して話し合いました。彼は、
「強い雨が断続的に降る、というのは、強く降る時もあり、弱く降る時もある、という場合に使える表現だ」
と言い、それに対して私は、
「強い雨が降ったあとに『止み間』がないと『断続的に』とは使えない」
と主張しました。「断続的」が「雨」にかかると見るのが私、「強い雨」にかかると見るのがHアナウンサーというわけです。
私の主張では、Hアナの言うような時には、継続して雨は降り続いているわけですから、
「一日中雨が降り続き、時折、強く降ることもある」
と言うべきではないか、と思いました。
まあしかし、彼が言うような意味で使う人も、世の中には多数いても不思議はないかな、とは思いましたが、私はそういう使い方はしたくないな、と思いました。
2004/6/30
◆ことばの話1798「まぬかれる」
「免れる」
という言葉、どう読みますか?言いますか?たいていの方は、
「まぬがれる」
と濁って読むと思いますが、アナウンサーになりたての頃に先輩から、
「まぬかれる」
と濁らずに読むのだ、と教わりました。そのときに理由としては、
「『免れる』の語源は『間抜かれる』だから、濁らずに『まぬかれる』なのだ」
というものでした。目からウロコが落ちました。
以降、自分でも「まぬかれる」と濁らずに読み、後輩にも、
「一般の人は『まぬがれる』と濁っても、アナウンサーたるもの『まぬかれる』と濁らないものだ。NHKアクセント辞典も、最初に『まぬかれる』と濁らずに載っている」
と指導していました。
そんなある日、後輩のSアナウンサーが、
「道浦さん、『免れる』は『まぬかれる』『まぬがれる』どっちですか?」
と聞いてきました。
「そりゃもう『まぬかれる』。濁りません。」
「そうですよね。実はAアナウンサーが濁って読んでいたので、『濁らないんだよ』と教えるとすごく不満そうな顔をして、NHKアクセント辞典を持ってきて、『濁る方の「まぬがれる」が先に載っています』って言うんですよ。」
「うそ!濁らない方の『まぬかれる』が先に載ってるだろ!?」
と言いながら最新(だと思う)の22刷(2003年版)の『NHK発音アクセント辞典』を引いてみると、たしかにAアナウンサーの言うように濁る方の「まぬがれる」の方が先に載っています。
で、自分が持っている古い2刷(1998年版)のアクセント辞典を見ると、濁らない方の「まぬかれる」が先に載っています。ということは、1998年から2003年の間に、「まぬがれる」と「まぬかれる」の優先順位が変わったということです。
「一体、いつ変わったんでしょうね?」
とSアナウンサーが聞くので、
「NHKの人に聞いとく」
と答えて、さっそくNHK放送文化研究所の塩田さんに質問のメールを送ると、資料を送ってきてくれました。それによると、2001年2月の放送用語委員会で、
「世論調査の結果、『マヌガレル』と読む人が8割を超えているため」
という理由で、
1、マヌガレル
2、マヌカレル
というふうに優先順位を変えたということです。(『放送研究と調査2001年4月号』による)具体的には2000年11月の「ことばのゆれ調査」で、
濁る方の「マヌガレタ」=81%、
濁らない「マヌカレタ」=14%
だったそうです。年代別には、「マヌガレタ」と濁った人の割合は、
20代=93%
30代=92%
40代=89%
50代=83%
60歳以上=69%
とのこと。若い人ほど「濁る」ということですね。またそれより10年以上前の1989年8月に行なった「100人調査」では、
「マヌガレタ」=86人
「マヌカレタ」=14人
だったということです。この時点でも80%を越えていたのですが、「順番変更」は行われませんでした。どうしてでしょうね。
過去には、1965年10月の放送用語委員会では、
「現代の標準音と思われる『マヌカレル』を主に考えて第1とする」
として「マヌカレル」を先に載せたようです。その一つの根拠が、日本国憲法の前文に、
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ・・・・」
となっていることだったようです。ここでの送り仮名では、「免かれ」と「か」になっているんですよね。
一方辞書では、
(戦前) (戦後昭和) (平成)
「マヌガ(レ)ル」 17 43 31
「マヌカ(レ)ル」 11 43 32
という結果で、どの時代も、両者、拮抗していますね。
そして、『現代国語例解辞典(第二版)』(1993年)は、
「関東では『まぬかれる』が多く、関西では『まぬがれる』が多い」
と、地域差を指摘しています。それを裏付けるように『放送研究と調査』2001年3月号によると、地域別には「マヌカレタ」と濁らない割合の全国平均は14%ですが、それよりも大きい(つまり「マヌカレタ」と、全国平均よりもよく言う)地域は、北陸(19%)、関東(18%)、東北、甲信越(16%)で、逆に小さい(「マヌカレタ」と言わない)地域は、四国(4%)、関西(8%)、東海(10%)、中国、九州・沖縄(13%)とのことです。
また現在、日本新聞協会新聞用語懇談会の放送分科会で見直しを進めている『新聞用語集』の「放送で標準とする読み方例」には、
(1)
マヌカレル
(2)マヌガレル
となっていて、これまで(2001年4月以前)の『NHK発音アクセント辞典』と同じ順番になっています。これもおそらく、この1、2年で、見直しにかけられることでしょう。でも読売テレビアナウンス部では、それまでは
「マヌカレル」
と濁らない方でいきます!
2004/6/30
◆ことばの話1797「ガニエとガンエー」
スポーツニュースを見ていたHアナウンサーが、聞いてきました。
「ドジャースのピッチャーで、押さえのすごいピッチャーがいるんですが、このピッチャーの名前の読み方が、2通りあるんですよね。なんとか統一できませんかねえ。」
「なんて名前のピッチャーなの?」
「『ガニエ』と呼ばれる時と『ガンエー』と呼ばれる時があるみたいなんですけどね。」
「『ガンエー』なんて、日本人の名前みたいやな。『岩栄』とか書いて。『ガニエ』の方が、外国人ぽいやんか。」
「でも蟹江敬三って人もいますから、『蟹江』と書いて『ガニエ』なんて人がいたりして・・・」
「あ、そうか、『岩蟹江』で『イワガニエ』とか『沢蟹江』で『サワガニエ』とか。」
渡蟹江に上海蟹江、イロイロ、アリマス。
で、Googleで検索すると(6月26日)、
「ガニエ」=3210件
「ガンエー」=217件
と圧倒的に「ガニエ」が使われています。マスコミでも「ガニエ」を使っているのは、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞、京都新聞、共同通信、時事通信、スポニチ、サンスポ、日刊スポーツのほか、BIGLOBEニュース、Gooニュース、インフォシーク・ニュースといったところ。一方の「ガンエー」は、読売新聞、報知新聞、YAHOOニュースといったところでした。
「ガニエ」で統一で、いかがでしょうか、ねえ。
2004/6/26
◆ことばの話1796「ヒチコック」
ある本を読んでいたら、高名な映画監督のことを、
「ヒチコック」
と書いてありました。私の感覚では、
「ヒッチコック」
と、ちっちゃい「ッ」が入るのですが。時々、入っていない「ヒチコック」も見かけます。が、ふと思ったのは、
「ヒッチコックとヒチコック、使用状況はどのくらいなんだろうか?」
ということです。さっそく調べました。Google検索では(6月26日)
「ヒッチコック」=3万5300件
「ヒチコック」= 2180件
「ヒッチコック・ヒチコック」=207件
でした。圧倒的に「ヒッチコック」優勢ですね。
ヒッチコック(ヒチコック)の英語の綴りは、
「Alfred Hitchcock」
ですね。これを見て思いました。
「おそらく、最初耳から入った名前は『ヒチコック』と聞こえたのではないか。そしてその後、英語の綴りが入ってきた時に、つまり綴りを目で見た時に『t』が入っているので
『ヒ』と『チ』の間にちっちゃい『ッ』を入れるようになったのではないか。」
「ヘップバーン」と「ヘボン」のように、「耳で聞いた外来語」と「目で見た外来語」の違いが、このあたりにもあるのではないかなあと思いました。
2004/6/26
|