◆ことばの話910「拉致(らっち)」

この2ヵ月ほどですっかりおなじみになってしまった「拉致」という言葉。本当はおなじみになって欲しくないのだけれども。
しかし、年輩の人の間からこんな声が聞こえてきました。
「昔は“らち”ではなく“らっち”と小さい“っ”が入っていたのではないか。」
そういえば「らっち」という言い方、以前は聞いたことがあるような気がします。
辞書で「拉致」を引いてみると、



「むりに連れて行くこと。らっち」(新潮現代国語辞典)
「無理に連れて行くこと。らっち。(例)小学生が何者かに拉致された。」(新明解国語辞典)
「(文)引きさらって・行く(来る)こと。らっち。」(三省堂国語辞典)
「むりにひきつれていくこと。▽『らっち』とも言い、昭和初年までは『らち』より普通→らっする。」(岩波国語辞典)



おお!一気に謎は解決ですね。やっぱり「らっち」とも言ったんだ。特に昭和の初めまでは「らっち」の方が普通だったと。
おそらく「拉致」と漢字で書いていた時代までは「らっち」と「らち」が併存していたのでしょう。それが「拉致」の「拉」が表外字で「ら致」という、交ぜ書きが普及する中で、「らち」としか読めなくなってしまって、最近になって新聞でも「拉致」がまた使われるようになっても、もう「らっち」という読み方は忘れ去られてしまったのではないか。
では、いつ頃まで「らっち」と言っていたのか?
今朝(11月15日)のニュースの中で、拉致被害者の地村保志さん(47)が、インタビューに答えていた中で「らっち」と言っているのを耳にしました。そうすると、地村さんが「拉致」された24年前には、まだ「らっち」と言っていたのではないか、と推測されます。
交ぜ書きが始まったのもそのあたりなのではないでしょうか。
また調べておきます。



2002/11/15

(追記)


12月3日発表の「日本新語・流行語大賞」の流行語トップテンに「拉致」がランクインしました。



2002/12/4


◆ことばの話909「腑に落ちる」

妻の会社の元・先輩という方から、妻経由でメールをいただきました。「平成ことば事情」の愛読者でいらっしゃるとのこと。毎度ありがとうございます。
で、その方からの質問です。



「最近『腑に落ちる』という表現をよく目にするのですが、従来『腑に落ちない』はよく聞いたのですが、『腑に落ちる』というのは正しいのでしょうか?どうなんでしょう?『腑に落ちる』という表現はどうにも『腑に落ちない』のです。」



うーん、確かにそんな感じがしないでもありません。きっと、『腑に落ちない』の方が(『腑に落ちる』よりも)よく使われていますよね。普段使っている小さめの辞書では「腑に落ちない」は載っていても「腑に落ちる」は載っていません。
Google検索してみましょう。



「腑に落ちない」・・・・2万7200件
「腑に落ちる」・・・・・・・2060件



やはり圧倒的に「腑に落ちない」の方が多いですね。それでも「腑に落ちる」も2000件以上ありますが。
中には「腑に落ちるという言葉はおかしいのではないか?」ということを書いてる人もいます。岐阜大学の佐藤先生のホームページ「気になる言葉」でも取り上げられています。が、佐藤先生は「腑に落ちる」を使ってしまって、恩師から「おかしいのでは?」と指摘されたそうです。そして調べてみたところ、有島武郎の『或る女』でも使われている例を見つけたそうです。こんな使われ方だそうです。



「あなたから伺った所がどうせこう年をとりますと腑に落ちる気遣いは御座いません。」(有島武郎『或る女』)



また、他のホームページで「村上春樹も使っているがこなれてない」という記述もありました。



「否定形の言葉」が常套句として定着すると、その「肯定形の言葉」は、耳慣れない感じがすることがあります。
あ、「耳慣れない」!
「耳慣れる」はどうでしょう?あまり耳慣れない?なんだか訳が分らなくなりました・・・・。



2002/10/30


(追伸)

Google検索で、
耳慣れない・・・1万2100件
耳慣れる・・・・・・・76件
耳慣れた・・・・・・4610件



でした。やはり「耳慣れない」の方が、耳慣れていますね。・・・ん??



2002/11/10


(追記)

永江朗著「インタビュー術!」(講談社現代新書)の99ページに「腑に落ちる」が出てきました。

『滑稽ならいいというわけではない。「面白い」ということには、「わはは」と笑える面白さもあれば、「ふむふむ、なるほど」と腑に落ちる、と納得する面白さもある。』

使われてはいるようです。

2002/11/21

(追記2)

2004年7月2日、日本校正者クラブの境田稔信さんに初めてお会いしました。そのときに、その日発行されたばかりの日本校正者クラブ機関紙「いんてる」の第105号をいただきました。その中で境田さんは、「『腑に落ちる』と『的を得る』」というタイトルで書いてらっしゃいます。野口恵子著『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)の中に、
<「腑に落ちる」は腑に落ちない>
という一項があることを取り上げ、「腑に落ちる」も昔からある表現なので、気にしなくてもいい、と記していました。

2004/7/16



◆ことばの話908「天を仰いだ」

今年の日本シリーズはあっと言う間に終わってしまいました。巨人の4連勝。
「人気のセ、実力のパ」
と言われたのは、もう昔のことのようです。というより、5年前は「実力のパ」にいた選手が、今は「セ」にいるんですから、「人気も実力」も「セ」なんですかね。それとも「人気も実力」も「メジャー」でしょうか。松井も行っちゃうし。なんとかせねば。
さて、その巨人の優勝決定の瞬間、マウンドに立っていたのは河原投手でしたが、その河原投手の様子を実況した日本テレビのアナウンサーが、
「河原、天を仰いだ!」
と言ったことについて、後輩のOアナウンサーが、
「この言葉の使い方、おかしくないですか?」
と聞いてきました。
彼の語感によると、「天を仰ぐ」のは、たとえば「まさかの逆転サヨナラーホムランを浴びた」とか、「渾身の力を込めて投げた一球が、ボールと判定された時」とか、「本人にとって納得が行かない」あるいは「やられた!」という時ではないか、と言うのです。だから、「してやったり!」と日本一を決めた時に、たとえ「天」の方を「仰いだ」としてもそれをさして「天を仰いだ」というのは、語感としておかしいのではないかということなのです。
確かに言われてみればそうです。
他のアナウンサー数人に聞いてみましたが、「違和感がある」という答えが返ってきました。
似たような例として、感動した時には確かに「鳥肌」は立ちますが、それをさして「鳥肌が立つほど感動した」というのはおかしいと言う人が、まだかなりいるのと同じようなケースでしょうかね。皆さんはどうお感じになりますか?



2002/11/1


◆ことばの話907「大リーグ」

11月6日、日米野球のため、大リーグチームの一員として来日したイチロー選手。記者会見で、日本語で話し始めたところ、同じく来日したヤンキースのジェイソン・ジアンビ内野手から、
「ヘイヘイ!大リーガーだろ?英語でしゃべれよ。」
と突っ込みが入りました。イチロー選手は、一瞬戸惑った後、困ったやつだという感じで、
「シャラップ(黙れよ。)」
と英語で言い返してました。
この英語なんですが、イチロー選手ではなくてジアンビ選手の方。
彼は、「大リーガー」にあたる英語を、最初の2回は「big leaguer」と言い、最後の1回を「major leaguer」と言ったのです。
以前、「平成ことば事情62『ヒトゲノム』」でチラッと「英語では『メジャーリーグ』なのに、訳語で『大リーグ』と『大』だけ日本語で『リーグ』を英語そのままというのはおかしいのではないか。『ビッグリーグ・ガム』というのはあったけど」などと書いたことがあったのですが、この発言から見ると、本場アメリカでも、大リーグのことを「メジャ−リーグ」ではなく「ビッグリーグ」ということがあるようなのです。
また、英語に堪能な脇浜アナウンサーに頼んでインターネットの英語の辞書「American Heritage Dictionary」で調べてもらったところ、やはり
「Big leagueとも言う」
ということでした。じゃあ「大リーグ」でもいいんだ。
分らないものですねえ。



ちなみにジアンビ選手の英語表記は、「GIAMBI」ですが、日本の新聞などでは、「ジアンビ」と「ジオンビー」の2種類の表記が見られます。Googleでインターネット検索をしたところ、
「ジアンビ」=1560件
「ジオンビー」=695件

「ジアンビ」優勢でした。これは「音」より「表記」が優先されているのでしょうね。
ファーストネームも「ジェーソン」と「ジェイソン」の2種類がありましたが、これは、まあ、いいか。



2002/11/7


◆ことばの話906「北朝鮮」

今回の拉致事件関連のニュースが毎日のようにテレビや新聞紙面を賑わすようになって1か月以上。その中で視聴者の方からも寄せられる疑問に、



「なぜいちいち、『北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国』と言い換えるのか?」



というものがあります。私もずーっと、そう思いながらも、慣習としてそういうふうに読んできました。
『週刊文春』2002・10月24日号の「新聞不信」というコラムで(滝)という人が、「あれが民主主義人民共和国?」と題して、
『やっとのことに「産経」と「読売」が「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」をやめ、単に「北朝鮮」と呼ぶことにした。』
という書き出しでコラムを書いています。しかしこのコラムに対して、当の産経新聞のが10月23日の名物コラム「産経抄」で書いています。いまなお、
『北朝鮮という国名の呼称で、そのつど「朝鮮民主主義人民共和国」といいかえをしているテレビや新聞』について、
『一体、かの国のどこに「民主主義」があり「人民」の「共和」があるのか、どうかご一考願いたい』
と書いています。そして、そういった他の「考えなしのメディア」と一緒くたにして、「ようやく『朝鮮民主主義人民共和国』と呼ぶのをやめた」と書いた『週刊文春』に対して、
『産経がニセ表示というべき国名をやめて「北朝鮮」だけの表記にしたのは、すでに平成八年からである。それでもなお「やっとのことに」なるのか、よく調べて批評していただきたい。』
と皮肉たっぷりに書いています。
読売新聞が「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という表記をやめたのも1999年の1月からだったと思います。(しばらくは混在していましたが。)これも「ようやくのことに」とは言えないのではないでしょうか。
「ようやくのことに」やめたのは、日本テレビ系列です。
今年10月11日からやめました。




2002/11/1


(追記)

また、北朝鮮のことを主に見出しで、
「北」
と、かぎかっこ付きの「北」という表記で多用しているのは、産経新聞と読売新聞です。しかし先日、朝日新聞が北朝鮮のことを指して、かぎかっこなしで“北”と社説で使っていたのでちょっと驚きました。このところかぎかっこ付きでは、朝日も時々「北」と使っているようです。
どこの新聞だったかは忘れましたが、
「北の観光の季節」
などと大きな見出しが出ていて、「ええっ!?」と思ったら、「北海道」の観光のPRでした。かぎかかっこがあるとなしでは、意味が変わって来るんですよね。



2002/11/7


(追記2)

今朝(12月5日)の産経新聞の「産経抄」に、こんな記述が。



「拉致被害者支援法が国会を通ったが、社民党は支援法の名前にこだわった。▼同党の大脇雅子氏は『朝鮮民主主義人民共和国』が正式名称だからそれを使えと主張したという。はじめ法案名や条文は例の長ったらしい"偽装表示"名にしていたが、国交がなく正式国名を使う必要がないから『北朝鮮』とした。それに対する文句らしい。▼社民党はこれまで『拉致なんて存在しない』と言い張ってきたが、北朝鮮の現実を前に国民に謝罪したはずである。しかし相変わらず頭は切り替わっていなかった。NHKをはじめ多くのマスコミも言い直したり、二重呼称したりしているから、愚かしさは同罪である。」



と一刀両断です。気持ちいいけど、「あまり力を込めすぎない方が、返す刀で切られないのでは?」とちょっと心配になります。よけいなお世話か。



2002/12/5

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