◆ことばの話865「死亡者」
最近の北朝鮮に拉致された人のニュースを見ていますと、時々
「死亡者」
という表現を見かけます。以前、新聞用語懇談会の会議で
「“死亡者数”という表現はおかしい。“死者数”ではないか」
という意見が出されたことがありました。根拠は 、
『「死亡」とは言うが「死亡した人」のことは普通「死者」と呼ぶのだ』
ということだったと思います。そこから考えると「死亡者」という表現もおかしいことになります。
本当におかしいのか?実態は?例によってGoogleで検索!
死者・・・・64万9000件
死亡者・・・・2万9300件
まあ圧倒的に「死者」が優位ですね。
『広辞苑』を引いてみると、「死者」は見出しで載っていますが、「死亡者」は載っていません。「しぼうしゃ」で載っているのは「四望車」だけです。(「四望車」とは牛車の一つで、車箱の4面に翠簾(すいれん)を掛けて四方を展望できるようにしたものだそうです。)このワープロ・ソフトでは「しぼうしゃ」で変換すると最初に「志望者」、次に「死亡者」になるのですが。
でも「死者」と「死亡者」では、微妙にニュアンスが違うような気もしますよね。
どう違うのか?
当然ですが、「死者」は死んだ人。「死亡者」は死亡した人。つまり、
「死にました」と「死亡しました」
の違いに近いものがあると思うのです。たんに「死者」と冷たく無機的に扱うのではなく、その死者に対する敬う気持ちが入れば「死亡者」という表現も許される気がするのですがね。
先日もナレーション原稿にこの「死亡者」が出てきました。その時は、
「亡くなった方」
というふうに言い換えました。
いかがなものでしょうか?
2002/10/5
◆ことばの話864「次男か二男か」
Sキャスターから内線電話です。
「長男、ジナンのジナンは、『次』でしょうか?『二』でしょうか?」
またややこしい話を・・・。
手元にあるもので、いろいろ調べてみました。
*「二男」
『新聞用語集』(1996)=二男
『読売スタイルブック2002』=二男
『共同通信記者ハンドブック新聞用字用語集第9版』(2002)=二男(次男坊は別)
*「次男」
『朝日新聞の用語の手引き最新版』(2002)=次男
『NHK新用字用語辞典第2版』(2001)=次男
放送局は、新聞社に比べるとあまり文字のことにはこだわっていないからでしょうか、日本テレビとTBSの用語集には「次男か二男か」については、記載されていませんでした。唯一、放送局でこの件を載せているNHKは、「次男」を採用しています。
新聞はおおむね「二男」を採用していますが、朝日新聞だけは「次男」ですね。
共同通信で「二男」は、「言い換え・書き換えが困難で、表外字・表外音訓を使ってもよい特別の語」に指定されていて、(注)として
「戸籍法施行規則に合わせて『二男』とする。『次男坊』は別。」
と書いてあります。
Googleの検索ですと、
次男・・・・・14万件
二男・・・・・2万6500件
でした。但し「次男」は「つぐお」という個人の名前のケースもあるので、そのままの数字は、それほど当てにならないかもしれません。ついでに「じなんぼう」も検索しました。
次男坊・・・1万1800件
二男坊・・・・・・386件
という結果でした。一般的には「次男」だと思いますし、「二」に「じ」という読み方はない(人名はありますね。「雄二=ゆうじ」とか。)ので、一般的には「次男」なのですが、戸籍や法律用語としては「二男」が使われているようです。
でも、少子化で出生率が2を切ってからもう10年は経つでしょうから、「二男」「次男」ともに、近い将来「死語」になるのではないでしょうか。その前に「いとこ」「おじ」「おば」が死語になるのかなあ・・・・。
2002/10/5
(追記)
「日本の標準」というホームページで、「二男・二女」と「次男・次女」のどちらをよく使うかと言うネット上での投票をしていました。結果は、
「二男・二女」・・・・5票
「次男・次女」・・・70票
で、圧倒的に「次男・次女」の勝利でした。
2002/10/11
◆ことばの話863「命題」
柳美里さんの裁判を報じた新聞の見出しを見ていて、「おや?」と思いました。
毎日新聞「文学界に重い課題」
読売新聞「私小説 重い命題」
「課題」と「命題」、この場合はどちらが適当なのか?
確かこういうケースに「命題」を使うのは間違いだと聞いたことがあるぞ。
一応、辞書を引いてみましょう。
たまには違う辞書を引いてみようかな。『新潮現代国語辞典』。
「命題」
(1)(proposition)(哲)判断を言語で、又は記号の式で表現したもの。又は、そのうち特に真偽を決定しうるもの。又は、表現されているか否かにかかわりなく、表現できる(存在する)と考えられるもの。
(2)題号を付けること。また、その題。
(3)解決することを課せられた、又は自ら課した問題。
ああ、3番目の意味が「課題」と同じ意味ですね。じゃあ、間違いとは言えないのかな。
読売新聞のSさんにメールで教えを請うたところ、以前Sさんが社内報に書いた「用字用語」についてのコラムを送ってくれました。それによると、
「『至上命題』という言葉は『どうしても達成しなければならない課題』という意味で使うのは誤用だ」
とありました。また
「『命題』は『命じられた課題』ではない」
「『解決すべく課せられた(自ら課した)問題』という説明を付している辞書もあるが少数派だ」
「『至上命令』と取り違えていないか」
ともありました。
今回の場合必ずしも間違いとは言えないものの、「命題」および「至上命題」という言葉は、使い方(使う場面)に注意を要する言葉と言えそうです。
2002/10/8
◆ことばの話862「慙愧に堪えない」
芥川賞作家の柳美里(ユウ・ミリ)さんのデビュー小説「石に泳ぐ魚」をめぐって、モデルとされた女性がプライバシーの侵害だと訴えた裁判の最高裁判決が、9月24日に出ました。判決では柳さんの本の出版差し止めと慰謝料130万円の支払いを命じるものでした。
これまでにも、小説による人格侵害が争われた訴訟は、三島由紀夫の「宴のあと」、舟橋聖一「白い魔魚」、城山三郎「落日燃ゆ」、清水一行「捜査一課長」などがありますが、作家側勝訴するか、賠償命令が出るかで、「出版の差し止め」というのは初めてのケースです。
その判決を受けて午後3時から記者会見を行った柳さんは、
「判決は表現の自由を著しく侵害するものと言わざるをえず、慙愧(ざんき)に堪えない。」
と答えました。この
「慙愧に堪えない」
という言葉について、インターネットのBBS「ことば会議室」でYeemarさんが疑義を呈しています。
「慙愧は、自分の言動を反省して恥ずかしく思うことを指すのですが、その割にはこの作家の表情は憤然としていたのですが・・・。」
あ、そうか。私もこの言葉を聞いた時になんかおかしいなと思ったのですが、そういうことだったのか。これは柳さんは反省して恥じ入った・・・のではなく明らかに「慙愧に堪えない」という言葉の意味を知らずに使ってしまったのではないでしょうか?だとしたら、相当恥ずかしい・・・穴があったら入りたい・・・こんな間違いを口にしてしまったことは慙愧に堪えない・・・。柳さんはもしかしたら、
「憤懣やるかたない」
と言いたかったのではないでしょうか?漢字の難しさと最後の「ない」が、形として似てますし。
一応、辞書を引いておきましょう。
「慙愧・慚愧」(古くは「ざんぎ」元は仏語で、「慙」はみずからはじること。「愧」は人に向かってこれをあらわすこと。)
(1)いろいろと自分のことを反省して心からはずかしく思うこと。恥じ入ること。また恐縮すること。
(2)悪口を言うこと。(『日本国語大辞典』)
この件に関して、9月26日の毎日新聞朝刊の1面下の方にある「余録」(朝日で言うと「天声人語」のような)というコラムで少し取り上げていました。
「柳さんは『・・・日本における文学作品の可能性はもとより、表現の自由を著しく制限するものと言わざるを得ず、慚愧に堪えません』と語った。慚愧は『恥じ入ること』。柳さんはむろん判決について、こう言っているのだろう。だが、それだけか。」
「余録」では「柳さんは判決についてこう言っているのだろう」と書いていますが、それだと話の辻褄が合わなくないでしょうかね?
単に間違えたのか、それとも『こんな判決を出す日本の一員として恥じ入る』という意味なのか?あなたはどう思いますか?
彼女の『私語辞典』に、この「慚愧に堪えない」は載っていないのでしょうか?
2002/10/8
◆ことばの話861「おくての台風」
10月になって関東方面に上陸した、戦後最大級ながら大変足早な台風21号。近畿はコースから逸れたのでそれほどの被害はなかったのですが、この台風を指して、お天気キャスターの小谷さんが、
「おくての台風」
と称していました。ホーオ、台風にも「おくて」の台風があったんだ。
「どうしようかなあ、上陸しようかな、どうしようかなあ、でも恥ずかしいし、21にもなってまだ上陸したことないんだよな、オレ。でもやっぱり上陸はやめておこうか・・・。」
と悩んでコースが迷走しそうな感じのする「おくて」の台風・・・。そんなイメージを、勝手に描いてしまいました。
「おくて」と聞いてもう一つ連想するのはやはり「イネ」。「早稲(わせ)」の対義語としての「おくて」を連想します。漢字で書くと「晩稲」ですか。
『日本国語大辞典・第二版』では、
(1)植物などの生長・成熟が遅い種類。おく。(イ)時節に遅れて花が咲いたり実ったりする草木。(ロ)遅く実る稲。おしね。
(2)時期が遅れること。手遅れ。
(3)転じて、人の成長がおそいこと。おく。
と出ています。
ところでこの台風21号は、アメリカで
「higos(いちじく)」
という名がついているそうです。TBSのお昼のワイドショーでやっていました。その番組では「ヒーゴス」と言ってましたが、なんとなくスペイン語っぽい響きです。和英辞典で「いちじく」をひくと
「fig」
となってました。もしやと思ってスペイン語事典をひくと「いちじく」は、
「higo」
でした。やっぱり。でもスペイン語だと最初の「h」は発音しないから、
「イーゴス」
になると思うんだけれどな。どうなんだろ、そのあたり。スペイン語がアメリカ語に入り込んで、英語アクセントになっているのかなあ。
なお、台風21号は、時速85キロというものすごいスピードで行っちゃいました。
2002/10/5
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