◆ことばの話670「インスリン」
以前、知り合いから、
「インシュリンとインスリン、どっちが正しいの?」
と聞かれて、困りました。どちらも聞いたことがあります。
日本新聞協会の「新聞用語集」(1996年10月月30日)を引いてみると、やはり
「インシュリン、インスリン」
両方載っています。一般的には「インシュリン」の方がよく耳にする気がしますが。
今朝(4月18日)の朝刊各紙に、この言葉に関する記事が載っていました。
「膵臓のタネからインスリンの素」(朝日)
「血糖値下げるホルモン インスリン分泌細胞 新生」(産経)
「阪大グループ インスリン分泌細胞 作成」(毎日)
これらはいずれも「インスリン」と「ス」の形です。
「広辞苑」を引いてみると、「インシュリン」にはたくさん意味が載っていますが、「インスリン」は「インシュリンを見よ」になっています。
「インシュリン」は英語ですが、「インスリン」はドイツ語です。
『新明解国語辞典』には「インシュリン」しか載っていません。
『三省堂国語辞典」は「インシュリン」は(名詞)として意味まで載っていて、「インスリン」は(医学用語)として見出しがあって、意味は「インシュリン」と載っています。
どうやら答えが見えてきたようですね。
一般的には英語の「インシュリン」が使われるが、医学用語としては、(医学用語に多い)ドイツ語の「インスリン」が使われる傾向がある、ということではないでしょうか。
インターネットのGoogleで検索したところ、
インシュリン=2万2000件
インスリン=3万3200件
で、「インシュリン」では「低インシュリンダイエット」、
「インスリン」は「糖尿病治療でインスリン注射」
というふうに使われているようです。
2002/4/18
(追記)
映画「ビューティフル・マインド」の字幕では、
「インスリン」
と出てきました。
2002/4/19
(追記2)
2006年3月、千葉県で中国出身の妻が、夫にインシュリン(インスリン)を大量投与して縦隊とした事件の報道での新聞の表記は、
(毎日)インスリン(3月13日夕刊)
(朝日)インスリン(3月13日夕刊)
(読売)インシュリン(3月13日朝刊)
この事件の報道で、日本テレビは「インスリン」でした。
新聞協会では、現在「インシュリン」「インスリン」の両用を認めている『新聞用語集』の次の改訂版(2006年末発行予定で、現在改訂作業中)では、「インスリン」に統一することを決めています。(2005年11月)
そのほか、2006年1月28日のNHKお昼の全国ニュースでは、
「吸入型のインシュリン」
と、医学関係のニュースでも「インシュリン」を使っていました。
2006/3/13
(追記3)
3月18日の朝刊に載っていた週刊誌の広告を見たら、「追記2」で書いた事件を取り上げていて、
「週刊ポスト」=インスリン
「週刊現代」 =インシュリン
でした。また、ともに3月23日号の、
「週刊文春」=インスリン
「週刊新潮」=インスリン
でした。
2006/3/20
(追記4)
『新聞用語集2007年版』では、
「インスリン」
に統一されました。それは知っていたのですが、先日、こんなことが。2008年11月21日のNHK総合テレビの午前10時のニュースを見ていたら、東北大学の片桐教授が血糖値下げる細胞の増殖解明したというニュースで、
「インシュリン」
と原稿を読んで、字幕スーパーもそう出ていました。また、インタビューを受けた片桐教授も、
「インシュリン」
と言っていました。ところが、同じ時間に放送していたNHK衛星第一放送(BS−1)では、項目見出しで、
「インスリン」
と出ていました。どっちなんだ?
『NHKことばのハンドブック第2版(第3刷)』の外来語のカナ表記には、
「インシュリン/インスリン」
の両方を認めていて、「インシュリン」が先にあるのですけど。総合テレビと衛星では、基準が違うのでしょうか?不思議なニュースでした。
2008/12/1
◆ことばの話669「まっピンク」
「平成ことば事情658ピンク衣」とはなんの関係もないのですが、会社の側の川縁のアメリカハナミズキの花が、今を盛りと咲いています。その花の色が、見事なピンク色なのです。割とドギツイ色です。これをさして、何色と呼ぶべきか?
そう考えたときに、去年の用語懇談会のパーティーでの会話を思い出しました。某局の報道デスクが、
「いや、うちの局の女子アナが以前"まっピンクの花が咲いています"ってやっちゃってさ。」
場内、爆笑。
確かに「まっピンク」って、何かおかしい。
「真っ青」「真っ赤」「真っ白」「真っ黒」。このあたりまでは、「まっ○○○」というふうに「真」が促音便で詰まった音で、その後に色の名前が来る形は、納まりが良いのですが、この色の名前が外来語になると、なんかヘンです。
「まっピンク」「まっグリーン」「まっイエロー」「まっブルー」「まっコバルトブルー」。
「まっゴールド」「まっシルバー」。
いただけません。「ダ・シルバ」というブラジルのサッカー選手はいましたが。
そんな中ではまだ「まっピンク」、もしかしたら「イケテル」部類かも知れないな、などと、そのアメリカハナミズキの花を眺めながら、思いにふけった春の日でした。
頭の中では、ピンクのゾウがのっしのっしと歩いていたことでしょうね。
あ、その方は、
「今日は、まったりとした曇り空で・・・」
とも言っていたそうですから、結構、きてますな。
2002/4/22
(追記)
2005年1月20日の読売新聞の言葉のコラム「日めくり」で、
「真っ茶色」
という言葉を「まだ辞書にない新用法」として取り上げていました。その中で、
「真っ灰色」「真っピンク」
はおかしいと記し、「真っ茶色」に関しては近著『問題な日本語』(大修館書店)で「誤用ではなく用法の拡大と見ている」とも記してあります。
ま、俗語としては「真っピンク」「真っ茶色」も「あり」だとは思いますが、うちのアナウンサーは使わないように。
2005/1/20
◆ことばの話668「ムシムシした陽気」
4月中旬だと言うのに、東京では30度を超えたとか。そのせいでしょうか、
最近、読売テレビの天気予報では「陽気」と言う言葉がよく出てきます。それに伴って、平成ことば事情623「陽気な日」でも書いたのですが、ヘンな「陽気」の使い方が見受けられるようになりました。
今回は、標題の
「ムシムシした陽気」
朝の番組で女性アナウンサーAさんがそう読み、午前中のワイドショーでも女性アナウンサーBさんがそう読み、お昼のニュース担当の女性アナウンサーCさんが私に電話してきました。
「天気予報で"ムシムシした陽気"という表現が出て来るんですけど、なんかヘンな気がするんですが、どうでしょうか?」
「うーん、ヘンだね。"ムシムシ"はマイナスのイメージ。"陽気"は、"時候"という意味だけで、プラスのイメージを持っているので、"陽気がいい"などとは使われるけど、マイナスイメージの言葉とくっつくのは違和感があるね。」
『新明解国語辞典』を引いてみました。
「陽気」
【1】(生活に快適かどうかという観点から見た)時候。(例)「陽気がいい」「ばか陽気」
【2】一、性格が明るくて、元気欲ふるまう様子。
二、不平、不満などのくらい面を忘れて、一緒に愉快に時を過ごす様子。
(例)「陽気に(にぎやかに)騒ぐ」やはり「時候」の意味でも、「よい」時にしか「陽気」は使わないようですね。(これだけで断言はできませんが。)
「陽」注意です。
2002/4/16
◆ことばの話667「ひーとり、ふーたり・・・」
皆さんはこんな歌をご存知ですか?
♪ひーとり、ふーたり、さんにん、来ました、よ―にん、ごーにん、ろくにん、来ました・・・♪
という歌です。英語で歌うと、
♪One little Two little Three little Indian, Four little Five little Six little Indian・・・♪
ですよね。
うちの息子が、4月から幼児英語教室に通い出したのですが、そこで教材としてもらってきた(もちろん、タダではなく購入したのですが)英語の歌のテープを聞いていたら、この歌が入っていました。
懐かしいなあと思って聞いていると、ちょっとヘンです。
何か、昔と歌詞が違います。一体どこが違うのか?よく聞いていると、
♪One little Two little Three little Elephant♪
と歌っていたのです!お気づきですね、どこが違うか。
そうです、「インディアン(Indian)」のところが、「ゾウ(Elephant)」になっていたのです!やはり「インディアン」というのは、今アメリカでは、使っちゃいけない言葉のようですね。「ネイティブ・アメリカン(Native American)」、つまり先住アメリカ人と呼ばれているようですから。
たしかに、インドに住んでたらインディアンだけど、この「インディアン」はインドには住んでなくってアメリカに住んでいた人たちだし、コロンブスの「新大陸発見」だって、もともとそこに住んでいた人たちにとっては、
「前からワシらが住んでるのに、発見って、一体、どういうこと?」
てなもんでしょう。ヨーロッパ人にとっての「発見」に過ぎないわけで、もともと住んでる人にとっては、失礼な話ですもんね。
しかーし!
「人間」(インディアン)を出すと「差別や!」と言われるからって、いきなり「ゾウ」にしますか。メジャーリーグの「インディアンズ」は、今も「インディアン」のままだぞ。似顔絵まで書いてあるし。
それにしても大きく出たな。語呂がいいのかな、「エレファント」は。「エレファントマン」にしたら、また文句が出そうだし。
ちなみに、「Elephant」を英和辞典で引いてみると、当然「ゾウ」と書いてありましたが、それ以外に、アメリカの俗語の熟語として、
「see the elephant」
というのが載っていて、意味は「世間を見る(知る)」「見物をする」だそうです。 今回、このElephantで、私も「世間を知り」ました。
2002/4/15
◆ことばの話666「駆け出しのランナー」
新聞休刊日の4月15日の夕刊のスポーツ面に、
「ハヌーシ世界最高更新、2時間5分38秒」
という大きな見出しが躍っていました。昨夜は早く寝たので、全然知らなかったなあ。
14日に行われたロンドンマラソンでの快挙!2時間5分台半ばとはすごいですね。ハヌーシは、モロッコ出身のアメリカ選手だそうです。あ、マラソンでは「世界新記録」ではなく、「世界最高」を使います。毎回毎回、国・場所によってコース条件がまったく違うので「新記録」とは言わないのですが。
それはさておき、このハヌーシ選手について、ロンドンから読売新聞の結城和香子記者が伝えた記事に中にこんな一文が。
「9年前。駆け出しのランナーだったモロッコ出身のハヌーシは、練習費用を稼ぐため、ニューヨーク州ブルックリンで皿洗いの仕事をしていた。」
うぬ?と目が止ったのは、
「駆け出しのランナー」
というところ。……笑えませんか?一般紙なのに。スポーツ紙のダジャレのようでもあります。
「駆け出し」
というのは、「その仕事を始めて間もない、ペーペーの」という意味ですけど、「その仕事」というのが、「ランナー」ですよ。ランナーだからこそ、「駆け出し」を使ったのか、それとも、たまたまペーペーの意味で「駆け出し」を使った職業が「ランナー」だったのか?それは結城記者のみぞ知るというところですが。
ほかにもこんな感じの例は作れないかな。
「駆け出しの飛脚」
「飛脚」はだめかな。江戸時代ということなら、まあいいか。現代なら、
「駆け出しの宅配便配達員」
「駆け出しの郵便配達員」
うーん、今一つピッタリこない。
やはり、「走ることそのものが仕事」の「ランナー」ほどにはおもしろくない。
「しゃべり出しのアナウンサー」
「投げ出しのピッチャー」 「打ち出しのバッター」
「蹴り出しのサッカー選手」
「押し出しの相撲力士」
おっとこれは決まり手か。
「洗い出しの皿洗い」
「運転し出しのドライバー」
「歌い出しの歌手」
「配り出しの新聞配達員」
「口利き出しの政治家」
あれ?なんかピッタリこないな。もちろん「駆け出し」は、走ることが仕事じゃない人にも使えますね。
「駆け出しのアナウンサー」「駆け出しのピッチャー」「駆け出しのバッター」「駆け出しのサッカー選手」「駆け出しの相撲力士」「替え出しの皿洗い」「駆け出しのドライバー」「駆け出しの歌手」「駆け出しの新聞配達員」「駆け出しの政治家」。
ね!使えますよね。
ともかく、マラソン9年目で世界記録まで出したハヌーシ選手は、もう「駆け出しのランナー」でないことだけは確かですね。
2002/4/15
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