◆ことばの話630「青空の下」
お花見シーズン、例年になく早く駆け足で行ってしまいましたねえ。
そのお花見がニュースになった先週の週末の話。新人アナウンサー(と言っても、この4月からは2年目アナウンサー)のS君が、原稿の中の一文をこんなふうに読んでいました。
「青空の下(した)、お花見を楽しむ家族連れで、賑わっていました」
私の感覚では「青空の下」は「した」ではなく、「もと」なんですが。もちろん、「した」でも「間違い」とまでは、言えないんですがね。
たとえば憲法14条「法の下の平等」は、「法のした」ではなく「法のもと」ですよね。
「した」と「もと」はどう違うんでしょうか?
英語で言うと、「under」「below」の違いのようなものかな。
これも私個人の感覚で言うと「大きく広がったものの下、全体」という場合には「もと」で英語では「under」。例として「under the sky」。
そして「そのものの、ピンポイント的に真下」を「した」、英語で言うと「below」というような気がするのですが、どうでしょうか。
『日本国語大辞典・第二版』をひいてみましょう。
「した(下)」位置の関係で低い方。一定の広さのある下部の平面。
【1】低い場所や位置。
【2】事物の程度が低いこと。
のほか、いくつか意味がありますが、「青空の下」の場合は@の意味が近いでしょう。そして「もと」はと言うと、
「もと(本・元・下・許・素)」(すえ(末)の対)存在の基本となるところ。
【1】草木の根。株。ねもと。立っているものの下部。
【2】もののつけ根。
【3】(枝葉に対して)木の幹。草の茎。また、枝の幹に近いほうの部分。
【4】草木の生えぎわ。ねもとに近い地面。物の立っているまわりの地面や床。
など10以上、細かな意味が記されています。
この「青空の下」の場合は、意味を考えると、
「青空の下」=「お花見をしている場所である地面」
をさしているように感じられます。そこから考えると、青空と地面とを一体と考えて、「もと」の【4】の意味が近いのではないでしょうか。
「した」が意味する「単なる高低で言うところの低いところ」ではなく、青空も取り込んだ中での「下の地面」となると、やはり「もと」と言った方がふさわしいと思えてきました。皆さんは、いかが思われますか?
2002/4/5
◆ことばの話629「唯々諾々」
鈴木宗男代議士が外務省に介入した問題で、川口外務大臣が責任の重かった幹部らの処分を発表。東郷和彦大使が解任されたという記事が4月3日の朝刊各紙に載ってました。
それに関して後輩のWアナウンサーが「各紙社説に聞いたことも使ったこともない四文字熟語が載っている」と言ってきました。その言葉とは、
「唯々諾々」
です。念のため、「読み」を書いておくと、「いいだくだく」ですね。実際にどのように使われているかというと、
「この点は東郷氏に限らない。鈴木氏に唯々諾々と従うような、外務省の風土そのものが処分されたと考えるべきだ。」(読売新聞「社説」)
「鈴木氏の半ば恫喝(どうかつ)的ともいえる言動に唯々諾々と従っていた外務官僚の実態は、情けないことこのうえない。」(産経新聞「主張」)
「いかに横暴だったとはいえ、権限のない一代議士にほんろうされ、唯々諾々と従ってしまう。そんな集団に世界を相手にした腹の据わった外交などできるだろうか。」(朝日新聞「社説」)
「東郷氏は事情聴取で反論したからいいが、もし反論せず、唯々諾々と処分に従う幹部がいたとしたら寂しい。そんな骨細の外交官がいないことを祈ろう。」(毎日新聞「余録」)
スタンスの違うはずの読売・産経と朝日が、ことこの件については意見が一致していますね。ただ、毎日だけは「唯々諾々と」の使い方が違います。
読売・産経・朝日は「鈴木氏に唯々諾々と従う」ですが、毎日は「外務省の処分に唯々諾々と従う」という使い方でした。いずれにせよ「唯々諾々と」のあとには「従う」が来るんですね。
確かにこの3年間に、私が日常生活において「唯々諾々」を使ったことは1度もないと断言できます。「汗だくだく」は使ったことがありますが。
そういった意味では、この「唯々諾々」は「社説用語」とでも呼ぶべき物ではないでしょうか。
他にも四文字熟語には、社説を書く人(論説委員などか)たちが好んで使いそうなものがたくさんあります。
たとえば、これは社説ではありませんが、4月2日の政治関連のニュースでテレビ朝日が、心臓の手術で入院していた橋本龍太郎元・総理が、久々に報道陣の前に姿を見せたことを報じる中で、
「意気軒昂な様子でした。」
という表現があって気になったと、やはり後輩のHアナウンサーが言います。彼の方が本当の「いきけんこう」です。
普通「意気軒昂」というのは、「生命力とやる気にあふれている状態」を表すと思うのですが、この場合、病み上がりの橋本元総理の様子を表すのはいかがなものかと。それも言うなら、
「健康な様子だった。」
ではないのか、ということです。「けんこう」違い。いや、「けんとう(見当)違い」と言うべきでしょうかね。もしかしたら、リポートをした記者は、
「生き(息)健康(?)」
とでも言うつもりだったんでしょうか?
とまれ、イマドキの若者は、原則として(?)四字熟語を知りませんから、社説で正しく使っても若者にはあまり伝わらないだろうし、当の若者がよく知らないのに使おうとすると使い方を間違うし、何もいいこと、ありません。もっと四字熟語の勉強をせなあかんのかなあ。
2002/4/5
◆ことばの話628「グレフル・ピングレ」
気になってるんです、このコマーシャル。
若いカップルが、4文字略語でしゃべり合う、サントリーのグレープフルーツのお酒のコマーシャル。深津絵里さんが出てるんですかね。
「グレフル・ピングレ」
というのは、「グレープフルーツ」と「ピンクグレープフルーツ」の略のようです。
(お、略語と言えば、入社10年休暇を使った旅行でおフランスへ行ってきたM上J子アナウンサーによると、フランスではハンバーガー店の「マクドナルド」のことを「マクド」と略していたそうです!大阪と一緒やがな!やっぱり大阪は、ラテン系か?)
このほか、4文字略語でしか、この二人はしゃべらないんですが、そのすべてに、画面下に字幕が出ます。まるでその4文字略語は、外国語のように扱われているのです。
「イマワダ(今、話題の)」
「スゴウマ(すごく、うまい)」
などなど。
そして最後には、ケータイにメールが着信した彼女に対して、彼が
「ダレメル?(誰からのメール?)」
と聞いたのに対して、彼女はベランダから外を眺めながら、
「タダトモ・・・(ただの友達・・・。)」
と答えます。こっわー!。
このCM、会話が早いので、一度録画して、全部の4文字略語を記録したいと思っているのですが、まだ、全部は聞き取れていません。「ムカツク」。
あ、これはそのまま4文字か。
2002/4/1
(追記)
コンビニでこの「グレフル」「ピングレ」を見つけたので、早速購入して飲んでみました。 うーん、グレープフルーツの味。でした。お酒だけど。
缶のデザインがジュースぽいので、ゆめゆめ間違いませんように。
2002/4/9
(追記2)
偶然、このコマーシャルの録画に成功!聞き取りをしてみました。音声で言ってるのは、ほとんど4文字語。( )内は、画面にでていた「字幕」の文字です。< >内は、私がその映像の場面に名づけた状況説明です。
<帰宅した夫と、妻の会話>
♀ごはさき? (ご飯がさき?)
♂ふろさき (風呂がさきだな)
<妻、メールを打っている>
♀いつあえ (いつ会えるの)
<風呂から出た夫と、妻の会話>
♂のどかわ (のど渇いたなー)
♀のみま? (飲んでみましょー)
※♂ナレーター
グレフル (グレフル)
<夫の飲んでみての感想を求める妻>
♀ちまわだ (ちまたで話題なの)
なかいけ? (なかなかいけるでしょ?)
♂ごくぷは (ゴクゴクぷはあ)
とてうま (とてもうまいね)
<ケータイメールのチリチリチリという着信音>
※♂ナレーター
「グレープフルーツのお酒、グレフル、ピングレ」
<着信メールについての夫婦の問答>
♂だれめる? (誰からメール?)
♀ただとも (・・・・・・ただのともだちよ)
※♂ナレーター
「サントリ」
なお、4文字語のアクセントは、ほとんどすべて「平板アクセント」です。最後のスポンサー名の「サントリー」まで4文字の平板アクセントにする徹底度。
「イマワダ」「スゴウマ」
というのは、なかったです。ニュアンスは似てたけど。
でもこの「4文字略語」は関東的です、関西なら3文字中高アクセントになるはずです。上の会話も、こうなるはずです。
♀ごはさ?
♂ふろさ
♀いつあ?
♂のどか
♀のみま
♀ナレーター
グレフ
♀ちまわ、なかい
♂ごくぷ、とてう
♂ナレーター
グレープフルーツのお酒、グレフ、ピング
♂だれメ?
♀ただと
♂ナレーター
サント
てな具合になるのではあるまいか。でも、これを中高アクセントで声に出して読んでみると、なんか東北弁のような感じにも聞こえるのですよね。
実際のコマーシャルで、唯一4文字でないのは、
「のみま」(飲んでみましょう)
です。これは関西弁でも「のみま」でしょう。
それにしてもサントリーは大阪の会社だと思ってたのになあ。「サントリ」。平板かぁ。
2002/4/12
(追記3)
この原稿を、Uアナウンサーに見せたところ、
「英語でも4文字略語、ありますよね」
というので、また何か危ないことでも言うのかな?と思って注意して聞いていると、
「たとえば、TGIFとか・・・」
??何、それ?
「Thanks God ,It's Friday、つまり"花金バンザイ"みたいな。頭文字を取ってTGIFです。」
ふ−ん、そんなのもあるんだ。
勉強になりましたです。
2002/4/12
(追記4)
Uアナウンサーが新聞の切り抜きを持ってきてくれました。4月14日(日曜日)の朝日新聞。「CM天気図」という、天野祐吉さんのおなじみのコラムです。そこでは、
「4文字夫婦のグレフルごっこ」
と題して、例の「サントリ」の果実酒のコマーシャルを取り上げていました。
4文字に略すのは、昔も「エノケン」などあったが、今はコミュニケーションの効率化ではなくて、遊戯化しているところが、「なかおも」だと記されていました。
やっぱりみんな、おんなじように感じていたんだなと安心しました。
2002/4/15
(追記5)
読売テレビアナウンサーの脇浜紀子さんが去年12月に出版した
「テレビ局がつぶれる日」
の中に、メール上でアメリカ人が使っている略語に触れたところがありますので、ご紹介しましょう。(154p)
AYT? (Are you there?)=そこにいる?
Sup? (What's up?)=どうしてる?
G/G (I gotta go)=もう、行かなきゃ。
POS (Parent's Over Shoulder)=親が、肩越しに見てる。
と言うものだそうです。これは、メールなので書き言葉。話し言葉ではないですけど、ご参考までに。本も買ってやってください。おもしろいですよ。
2002/4/17
(追記6)
「グレフル・ピングレ」のコマーシャルの第2弾が放送されています。昨日(4月21日)初めて目にしました。
今度は、「カゼツヨ」(風が強かった)「ウソウマ」(嘘がうまくなったわ)など、
「トテコワ」(とてもコワイ展開)
になっています・・・。いったいどこまで行くんでしょ、このCM。
2002/4/22
◆ことばの話627「泥仕合」
「道浦さん。僕、今日まで30数年生きて来て、初めて気づいたことがあったんですよ。」
後輩のSアナウンサーが話しかけてきました。
「『ドロジアイ』って言葉、ありますよね。僕はあれ、ずーと、『泥試合』だと思ってたんですけど、本当は『泥仕合』だったんですねえ。全然知りませんでした。」
実は、ちょうどその話を、数分前に後輩のHアナウンサーとしていたところだったんです。というのも、辻元議員についての番組を他局でやっている時に、「泥仕合」と書くべきところを、フリップに「泥試合」と書いてあったからです。
「泥試合」というと、なんか「ドロレス」のようです。
実際にネット上ではこの二つの違う漢字による言葉、どの程度使われているか、GOOGLEで調べてみると、
「泥仕合」=3840件
「泥試合」=2520件
と、思いのほか、「泥試合」も使われていることがわかりました(3月28日現在)。
現在この文章を書いているワープロソフト「マイクロソフト・ワード」だと、「どろじあい」で1回目の変換には「泥仕合」が出てきて、2番目に「泥試合」が出てくるので、かなり「泥仕合」も認知されているということでしょう。間違いだけど。
「試合」と「仕合」がどう違うか?
『新明解国語辞典』(三省堂)によると、「仕合」は「同じような動作をこちらからもし、あちらからもすること」とあり、例文としては「けんかの仕合」「泥仕合」があがっています。そして「試合」は「スポーツ・武芸などの腕前を競うこと」とあります。例文なし。
「どろじあい」は、お互いに相手に泥を掛け合う、けなしあったり、誹謗中傷しあったりという感じがします。そこから考えると、相手の妨害をするのではなく自分の力を出しきろうとする「試合」とはまったく正反対の性格を持っています。
スポーツマンシップにのっとってやるのが「試合」、スポーツマンシップもへったくれもなく、お互い勝つためには手段を選ばないのが「泥仕合」と言えます。場合によっては勝敗関係なく、相手を貶めることが出来ればそれでよいとまで考えるようなことではないでしょうか。反則負け、OKという開き直りでしょうか。
だから、「泥試合」は、「雨でグラウンドがぐちゃぐちゃになっている中で行われた試合」というような意味でしか、使えないのかもしれません。(もちろん、そんな意味の言葉はないでしょうが。)
2002/3/28
(追記)
河合隼雄と吉本ばななの対談集「なるほどの対話」(NHK出版2002・4・25)の220ページに、
河合「泥試合になる。」
吉本「恐ろしい。恐ろしいけど、すばらしい話。」
河合「泥試合になる前にパッと立て直さなきゃならない。・・・・・・(後略)」
というのがありました。誤植ですな。あ、「誤植」と言うと、印刷関係の方が傷つくかもしれないので、「誤変換」と言っておきましょうか。
2002/5/9
◆ことばの話626「語りおろし」
愛読している「週刊文春」3月28日号(3月20日発売)のコラム、ナンシー関「テレビ消灯時間」の欄外のはみ出し記事に、こんな言葉が。
「文庫本限定、語りおろし付き!」
え?語りおろし?
初めて耳にしました。
「書き下ろし」
というのは知っていましたが、「語りおろし」っていうのはなあ。それもカッコなしで、ごく普通に使われていました。意味は分かりますよ。その本だけのために初めて書いたという意味の「書き下ろし」のように、この文庫本用に対談か何かして、それを収録しているということでしょうね。あ、「対談」という形式は日本独自のもので、それを生み出したのは、かの文藝春秋社の創業者・菊池寛だと、何かの本で知りました。そうすると、「語りおろし」も、またしても文藝春秋社の発明したコトバなのか?
新しい言葉のチェックはインターネットで検索!(Google)
したところ、ななんと、303件も使われているではないですか!(3月26日現在)
「〜おろし」は他にもいろいろあるのかどうか?
日本国語大辞典で「おろし」をひいたところ、結構いっぱい意味が載ってるんですね。全部で13もの意味が載っていました。その中でこの「語りおろし」「書き下ろし」の「おろし」に相当すると思われるのは、11番目の意味。
「新しい品を使い始めること。また、その品。(例)したておろし」
「書き下ろし」は「書下」として日本国語大辞典には載っていました。
「新しく書くこと。また新しく書いた作品。すでに雑誌、新聞などに掲載した作品の再録に対して、初めから単行本として発表した論文、小説の類や、直接上演された脚本をいう。」 また、その作品をさして、
「書下物(かきおろしもの)」
という言葉も載っていました。
かたや、「語りおろし」はというと、・・・載っていませんでした。
新しく派生した言葉といえそうですね。「書き下ろし」は、その本人が書いたものですが、「語りおろし」は、語った人と書いた人(あるいはまとめた人)が別という違いがあります。でも著作権は「語った人」にあるんでしょうね。
以上、「語りおろし風の書き下ろし」でした。(書き言葉と話し言葉の文体は、関係ないのかな?)
2002/3/26
|
|