◆ことばの話505「なでるとなぜる」

前々から気になっていたのが「なでる」と「なぜる」。どちらも耳にしますが、一体どっちが正しいんでしょうか?私の本来の語彙では、「なぜる」なんですが。

こうやって気になる言葉って、すぐ、調べるのを忘れてしまうんですよね。今回は、

忘れないうちに辞書を引こう!!(よいことだ!)

と、ひいてみると「なでる」が正しい。「なぜる」は「なでる」が訛ったもの、と出ていました。簡単に答えが出ました。

そこで、次になぜ「なでる」→「なぜる」というふうに「で」が「ぜ」になったのかについて考えてみました。

現代語では「なでる」ですが、古語では「なづ」です。この「なづ(NADU)」が、「なず(NAZU)」と音が似ているために、表記も「なづ」ではなく「なず」と書かれてしまったのではないでしょうか?(似ているというか、今はあまり区別されていませんね。)

そうすると、「なづ」が現代語になると「なでる」ですが、「なず」は「なぜる」になったのではないでしょうか?

Googleで検索してみました。

「撫でる」=6万6600件

「なでる」=3万1200件

「撫ぜる」= 2360件

「なぜる」= 1470件

(一応、このワープロソフトは「なぜる」も一発で「撫ぜる」に変換しました。)

ネット上は圧倒的に本来の「撫でる」が使われているようですね。

「新明解」なんかでは「"なぜる"は撫でるの老人語」とか書かれてたりして。(見てみたら、「なぜる」は載っていませんでした。)

「日本国語大辞典」には、しっかりと「なまり」として載っていました。それによると、

「なぜる」という地域は、

岩手、福島、茨城、栃木、埼玉、千葉、東京(!)、富山、福井、大飯、信州読本、岐阜、飛騨、愛知、伊賀、京言葉、神戸、和歌山、鳥取、島根、広島、長門、愛媛周桑

と、かなり広範囲に及んでいます。それに「東京でも言う」というではありませんか。それで「方言」なの?関西はほぼ全域ですね。おや?肝心の大阪と、奈良・滋賀が抜けているな。

牧村史陽「大阪ことば事典」を引いてみると、「なぜる」(撫ぜる)が見出しにあって、意味は「撫でる」と書いてありますから、「日本国語大辞典」の方言のチェックも万全とは言えないということでしょうか。

このほか、津軽では「ナヂェル・ナンジェル」、長崎では「ナヅル」、仙台では「ナンジェル」、新潟佐渡が島では「ナレル」とも言うそうです。

方言とはいえ、かなり広い地域で共通して使われている、標準語と一字違いの言葉というのは、他にもたくさんあるんでしょうか?ありそうな気もしますが、すぐには思いつきません。お気づきの方、ご一報を。

「なでる」と「なぜる」の違いについて、さらっと「なぜて」おきました。

2001/12/18

(追記)

同じようなものかどうかわかりませんが、「どっちが正しいのかな?」と疑問を持つ言葉には、

* 「ほおかぶり」か「ほおかむり」か?

*「めんぼく」か「めんもく」か?

というのもあります。ともに、「バ行→マ行」という変化です。共に、唇を綴じてからでないと発音できない音ですから、音韻転化する可能性は高いですね。

「新明解国語辞典」を引いてみると、「ほおかぶり」「ほおかむり」は、「ほおかぶり」が見出しになっていて、「頬被り」の字が。「ほおかむり」「ほっかぶり」とも、と書いてあります。また、「めんもく」「めんぼく」は、両方見出しが立っています。「めんぼく」は、「めんもくのやや改まった言い方」とあり、その熟語としては、「めんぼくない」がありました。「めんもく」のほうが意味はたくさん書いてあって用例もたくさんあります。

「めんもくまるつぶれ」「めんもくを施す」「めんもくにかかわる」 「めんもく躍如」「めんもくを一新する」「めんもくを保つ」「めんもくを立てる」

といいた用例が載っています。どうやら「めんもく」が主流のようです、「めんぼくない」を除いて。念のため、「日本国語大辞典・第二版」も引いておきましょう。ついに全13巻が完結しましたね。

「ほおかぶり」「ほおかむり」は、両方見出しが立っていました。「ほおかぶり」の方に「方言」として「ほおかむり」が載っていた地方は、なんと「東京」でした。(「ホッカムリ」として。)

「ほおかむり」の方にだけに載っていて、ちょっと変った意味としては、「男色をいう盗人仲間の隠語」「強盗・傷害、また、その犯人をいう、盗人仲間の隠語」と、二つの隠語がおもしろいですね。たしかに、マンガに出て来るドロボウは「ほっかむり」してます。本物のドロボウが「ほっかむり」して歩いてたら、「私はドロボウでござい。」と言ってるようなものだから、まあ、そんなことはないのでしょうけど。

一方の「めんもく」「めんぼく」。まず「めんもく」を引いてみると、なんとそこには、<「もく」は「目」の呉音。「めんぼく」との違いは「めんぼく(面目)」の補注を参照>と書いてあるではないですか!さすが、日本国語大辞典!!さっそく「めんぼく」を引きました。

「めんぼく」=「(「ぼく」は目の漢音。)補注・日萄辞書では「めんぼく」と「めんもく」を区別し、前者は名誉に意、後者は顔、または趣旨・主張の意としている。この区別が確かにあったかどうかは明らかではないが、名誉の意の例は「めんぼく」となっているものが圧倒的に多い。

ふーん、そうだったんですか。調べてみるもんだね。

「名誉」と「顔」は、表裏一体のような感じの言葉で、置き換えられないこともないですね、抽象的な使われ方の上では。

「顔が立つ」―「顔がつぶれる」

「めんもくが立つ」―「めんぼくない」

というふうな対比もおもしろい。

まあこのへんまでかな。なに?追求が甘いって?めんぼくない・・・。

2001/12/21


(追記)

山梨県出身の共同通信のNデスクによると、山梨も「なぜる」派だそうです、何でも、山梨は「ダ行」が「ザ行」に変わって発音されるらしく、「"なでる"は訛っている」とみな感じて「なぜる」と発音しているそうです。じゃあ、「そうきん」を「どうきん」と発音する和歌山もそうかな?
2001/12/27


(追記2)

夕食時、4歳4ヵ月の息子が、突然、
「お父さん、"なぜる"と"なでる"はどっちが正しいの?」
と聞いてきたのでドキッとしました。まさか、このコラムを呼んだのではあるまいな。 カエルの子はカエルというか、血は争えぬというか・・・。
2002/2/4


(追記3)

銀色夏生さんの『家ができました』(角川文庫)という本を読んで(眺めて)いたら、 「なぜる」 という表現が出てきました。銀色夏生さんは宮崎県出身とか。宮崎も「なぜる」なんですね。
2003/12/5




◆ことばの話504「お休みをいただいております。」

社外のBという人から電話がかかってきました。

「Aさんお願します。」

Aさんは、あいにくその日は、休みでした。そういう時、あなたはどう答えますか?

「Aは、お休みをいただいております。」

と言いませんか?

私はこの「お休みをいただいております」がキライなのです。

なぜなら、Aさんは、Bさんからお休みを「いただいた」わけではなく、会社から休みをもらっているのです。あるいは、労働者の権利として「休み」を取っているのです。

自分の会社に対して「いただいている」という敬語(謙譲語)を使って、社外の人に伝えるのはおかしくありませんか?

もし、Bさんが許可することによって休みを「いただいている」とすれば、その、休みを許可したはずのBさんが、Aさんに電話をしてくるのはおかしいではありませんか。だって、休みにした張本人なんでしょ、Bさんは。

いずれにせよ、「お休みをいただいております」はおかしい。それだけでなく、一見ではなく、一聴して丁寧に聞こえるけれども何かおかしいこの物言いは、いわゆる一つの、 「慇懃(いんぎん)無礼」

だと思います。

ではどう言い換えればいいか?

「今日はお休みさせていただいております。」

「今日は休みを取っております。」

「今日は休みです。」

最後のはちょっとそっけない。

最初のは一見「なんだ、同じじゃないか!」と見えますが、「させて」を入れることで、ちょっと違和感はマシになるかな。

皆さんはどう思われますか?

2001/12/10

(追記)

もう一つ、キライな電話の受け答えに、

「今、"席はずし"です。」

というのがあります。もしかしたら、関西だけかもしれないけど。

「ただいま席を外しております。」

と、なぜ言えん!!

会社の内部的には、

「今、部長は"席はずし"だから、用件聞いおこうか?」

でも構わないと思いますが、外の電話に対して「席はずし」というのは、なんかぶしつけな感じがして、キライです。
2001/12/17



◆ことばの話503「カシミヤ・タッチ」

会社の近くのスーパーに行ったところ、なかなかよさそうなセーターが飾ってありました。そのセーターの横には大きな文字で、

「カシミヤのセーター」

とあります。ほほお、カシミヤかあ。高いんだろうな、と思って値札を見ると、なんと

「1280円」

なのです!や、安い!!安すぎる!!

いくらなんでも、カシミヤのセーターが1280円というのは、おかしいのではと思い、もう一度よく見ると、そこには 「カシミヤタッチのセーター」

と書いてあるではないですか。なんじゃ、カシミヤタッチって。カシミヤのような手触りということかい?するってぇと何かい?(なぜか江戸っ子口調)これはホンモノのカシミヤではねぇーってぇーのかい?

さらに突っ込んで、セーターの襟のところについているタグを裏返してみると、

「アクリル100%」

の文字が・・・。

この値段で「カシミヤだ」と思って買うヤツが馬鹿だとでも言いたいのでしょうか。まあ、間違う人はいないとは思うけど。それでもこういう表示は、良くないのではないでしょうか。似て非なるものを「似非(えせ)」といいますが、これは「似非カシミヤ」というものではないでしょうか。

そのうち、

アクリルタッチのカシミヤ100%のセーターが1280円で・・・

出るわきゃないわな。

2001/12/10
(追記)

それから4日後の今日(12月11日)、そのスーパーに行ってみると、「カシミヤタッチ」のセーターは姿を消していました。その代わり、「本物のカシミヤのセーター」がさりげなく並んでいました。値段は「1万9800円」でした・・・。そうだろうな。

2001/12/11




◆ことばの話502「8100円のスーツ」

「今日から4日間、スーツが8100円!」

という記事を新聞で読み、さっそくそのスーパーへ行ってみました。

買うかどうかは別にして、やはりこの目で確認してみたい!という気持ちがあるでしょ?あった、あった、確かに8100円で出ています。ただ、やや横に大柄な私に合うサイズのABの7とか8はあまり品揃えがなくて、「ああ、痩せなきゃなあ」という思いを強くしました。そんなことはどうでもいいのですが、この8100円スーツ、値段の割りに、安っぽくもなく、十分に価値のあるもののようなのです。

一体どこで作っているのかなと思い、内ポケットの中からタグを引っ張り出してみると、そこにはこう書かれていました。

MADE IN D. P . R . OF KOREA

OH ! 北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国!

これだけ安いのですから、日本国内で作っているとは思わなかったのですが、北朝鮮でしたか。中国か台湾かと思ってた。いまのところ、しっかりした縫製ができて、一番人件費が安いのは、北朝鮮ということでしょうか。中国にせよ、北朝鮮にせよ、(原則)資本主義経済ではないですから、資本主義的な人件費を考えるのは「土俵が違う」ということでしょうか。

で、結局買いました。

それにしても8100円。安い。安すぎる。

「安くてなにが悪い」

という方も多いとは思いますが、このところの物の安さは、ちょっとオカシイと思いませんか?日本国内で熟練した職人さんが、スーツ1着作って小売値で8100円じゃあ、生活できる訳がない。そういうふうな視点が、消費者にも必要なのではないでしょうか。

「世の中、金のあるヤツが強い、金を稼ぐ方が偉い!」というふうなことを、おおっぴらにしないまでも身にしみて感じさせるような社会を作っておいて、ものを作る人達・熟練した職人さんの技術を買い叩く事によって、その人達に対する技術の評価、尊敬の念・感謝の念まで買い叩いてしまっては、日本でものを作る人達がいなくなってしまいます。

かつて、農業に従事する人達がどんどん減ったように、物を作る人達がどんどん減ってしまったら、日本に何が残るのでしょうか?頭脳だけで国が成り立っていくのでしょうか?

「安い、安い」と喜んでいると、結局長い目で見れば、自分で自分の首を絞めているように感じるのは私だけでしょうか?

8100円のスーツを身につけて、こんなことを考えました。

そんな真剣な思いとは別にやはりやすくてよい物を買ったら、嬉しくなって、この8100円のスーツを着て、

「ほらほら、これ!8100円やで!!」

とみんなに言いふらしていたのですが、東京の人はそういうことはしないんだそうですね。どういうことかというと、関西人は、

「こんなに安く価値あるものを買った!」

ということが誇らしいのですが、東京人は、

「たった8100円なんて安い値段で買ったことがばれるのが恥ずかしい・・・」

という感情があるんだそうです。

これは東西の比較で考えると、面白いことですね。

ちなみに、元・アナウンス部のアルバイト嬢(20代)に

「ホラホラ、これが8100円やってん!」

と自慢したところ、当惑気味に

「それって、高いんですか?安いんですか?・・・・スーツなんて買ったことないから。」

と言われてしまいました。

うーん、そんなものか。
例えば私だって女性から、

「ほらほら、このブラジャー、8100円!」

と見せられても、高いのか安いのか判断つきませんもんね・・・。(見せられないって。)

おまけ。期間限定で8100円だったそのスーツ、今は9000円で売られています。
2001/12/13



◆ことばの話501「裏切る」

「裏切る」という言葉で私が連想するものは、「スパイ」「ブルータス」「薄汚い」「こうもり」といったところですが、最近「おやっ?」と思う「裏切る」の使い方に出くわしました。

ちょっと話は古くなりますが、10月から始まった(もう終りましたが)読売テレビ制作のドラマの「本家のヨメ」。このドラマに出演している俳優の中村俊介さんが、デイリースポーツ(10月21日付)のインタビューに答えて記事の見出しが、

「いい意味で、ファン裏切る役者になる」

というものでした。この「いい意味で」は、小さな見出しで、遠くから見ると見えなくて、「ファン裏切る役者になる」と見えました。普通は「ファンを裏切る」と言えば、「ファンの期待を裏切る」、しょうもない演技しかできないことを指して、「ファンの期待を裏切って申し訳ない」というふうに使われると思うのです。しかしここでは「裏切る」が、「予想以上に良い演技をする」あるいは「予想もしなかったような斬新な演技をする」という「プラスの意味で」使われています。

このほかにも(これはしっかりとメモを取っていなかったので、うろ覚えで申し訳ないのですが)自動車のコマーシャルで、

「見た目を裏切る広さ」

というのがありました。軽自動車だったかもしれません。

見た目以上に、車内の居住空間が広い事をアピールしたコマーシャルでした。

これも従来の表現法だと、すっきりと「見た目以上の広さ」と言うべきところです。

なぜ、マイナスイメージを伴う「裏切る」を、プラスの意味で使うのか?

考えられることの一つには、「期待以上の良い事を一言で表すインパクトのある言葉がなない」ので、逆の意味の言葉である「裏切る」を使ってしまったのではないかということです。

また、広告のコピーにおいては、従来の言葉の用法を逆手にとった言葉の使い方や、従来の意味にはないような言葉の使い方は、これまでにも、いくらでも行われてきました。

一世を風靡したコピーライター・糸居重里さんの「おいしい生活。」というコピーなども「生活」にかかる形容詞としての「おいしい」は、20年ほど前には斬新だったのです。だからこそ、このコピーはヒットし、印象に残っているのです。いまや、業界用語的なこの「おいしい」は、「おいしい仕事」など、かなり一般でも使われるようになっているように感じます。

広告で使われた目新しい表現を、一般の人も使うようになってくると、手垢がついて陳腐化してしまう。そこでまた新しい表現を求める・・・ということは、これまでも、またこれからも続く事でしょう。

今、私にとっての問題は、良い意味での「裏切る」が、いつごろまでにどのくらい定着するかどうかという事です。

期待を裏切る結果になると良いのですが。(・・・私はどっちを期待しているのでしょうか?)

2001/12/10

(追記)

2002年2月2日の読売新聞スポーツ面、スケートのショートトラック、オリンピック代表の西谷岳文選手が、年末の足首骨折からキョウイの回復を示しているという記事がありました。その中に、こんな一文が。
「体脂肪を7%までに落とした日々の練習は、裏切らなかったと言うことだ。」
この「練習は〜裏切らなかった」という擬人法は、「裏切る」とは違う用法ですが、それにしても「裏切る」という言葉、はやってるんですかね?

2002/2/4

(追記2)

2003年6月15日のNHK『日曜スタジオパーク』という番組の中で、ゲストの風見慎吾さんが、
「いい意味で予想を裏切る」
と言ってました。それを聞いて特に違和感は覚えませんでした。慣れちゃったかなあ??

2003/7/1


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