◆ことばの話15「ひっくりかえる」

8月22日、香港の空港で中華航空機が着陸に失敗、2人が死亡する事故が起きました。
飛行機は、滑走路上で完全に裏返しとなって炎上しました。
この時の新聞各紙の見出しが、微妙に違いました。
「中華機仰向け、炎上」(読売)
「中華航空機あおむけ炎上」(毎日)
「着陸ミス横転炎上」(朝日)
「旅客機炎上、逆さま」(産経)
そして本文の中では共通して「ひっくり返った」とありました。
(「転覆」という言葉を使ったところもありました。写真についたキャプションに「仰向けに転倒」というところもありましたが、「転倒」はちょっと引っかかりました。)
この「ひっくり返る」という言葉が、新聞ではそれほど気になりませんが、放送で声に出してみると、大変な事故にも関わらずちょっと滑稽なイメージがする・・・という話になりました。まあ、そういわれれば、そんな気がしないでもないですが。
どうも「ひっ」という促音便に、滑稽さを醸し出す要因がありそうです。
「ひっ〜」という言葉を辞書から順不同で拾ってみると、
「ひっぱたく」
「ひったてる」
「ひったくる」
「ひっつめ髪」
「ひっぺがす」
「ひっぱりだこ」
「ひっとらえる」
「ひっこめる」
「ひっこます」
「ひっくるめる」
「ひっさげる」
「ひっこもる」
「ひっくくる」
「ひっこぬく」などなど。
「ひっ〜」の部分には「滑稽さ」というより「勢い」を感じますね。
「ひっくり返る」を辞書(三省堂・新明解国語辞典)で引いてみると、なんと「びっくり、と同じ語源か。」と書いてあったので、こちらが「びっくり」してしまいました。

1999/8/25


◆ことばの話14「文字化け」

最近カタカナ語が増えているのは、もう周知の事実ですが、その中でもやはりコンピューター関係の言葉が多い、というのも言うまでもありません。そんなカタカナ語の洪水の中で、数少ない「日本語のコンピューター用語」の一つに「文字化け」があります。これは、なぜ日本語なのか?英語にするとどうなるのか?疑問に思って、コンピューターに詳しい後輩に聞いてみました。
しばらく「うーん・・・。」と考えていた後輩は、ハタとひざを打ってこう答えました。
「英語はありません。」
「えっ?どうして?」
「そもそも文字化けというのは、アルファベットを日本語ソフトに変換するから起こるわけで、英語を使っている国のソフトでは起こり得ないのです。」
なーるほど、それは、一理も二理もある。漢字など、アルファベット以外の文字に変換する時だけに「文字化け」は起きるのですね。だから、日本語の名前がついているのですね。
けれど、この現象を英語圏の人に説明する時はやはり、英語になるのかな?それとも、「スキヤキ」「ゲイシャ」「ハラキリ」のように(最近だと「タマゴッチ」「ポケモン」「カローシ」のように)日本語のまま、英語の外来語になって伝わるのかしら。
もっと、コンピューター用語に詳しい人、是非教えて下さい。よろしくお願いします。

1999/8/22


◆ことばの話13「マキシ・シングル」

最近よく耳にする、カタカナ語のひとつに「マキシ・シングル」があります。
「マキシってくるぶしまである、長いスカートじゃないの?」という方は、1970年頃にそれをはいた事のある女性か、そういった女性と付き合っていた男の人?
「昔のプロ野球の選手がヒット打ったんじゃないの?真喜志がシングルヒットで、マキシ・シングル」という方は、近鉄ファン・・・なわけないか。
冗談はさて置き、「マキシ・シングル」とは「直径12センチCDの大きさで、3,4曲しか入っていないシングルCD」のことです。「マキシ」とは「マキシマム(Maximum)」の略で、最大・極大という意味。これまでのシングルCDは、直径7センチと普通のCD(12センチ)より小さく、紙のジャケットに入った縦長のものでした。
ところが、このところ、この「マキシ・シングル」が増えてきているのです。
CDショップで聞いてみると、「最近の若者向けのシングルCDはもうほとんどがマキシ・シングル。従来の7センチシングルは演歌ぐらい。」という答えが返ってきました。
確かに従来のものより大きいと、ジャケットの写真や絵も、やや迫力があります。
ほかのCDアルバムと並べる時も整理しやすいというメリットがあります。
いろいろなものが小さくなる中で、シングルCDが大きくなったというのは、ちょっと面白い傾向ですが、時代は既にCDからさらに小さいMDに変わりつつある事を考えれば、一時的な出来事かも知れません。

1999/8/20


◆ことばの話12「ホッチキス」

皆さんは、ホチキス・ホッチキス、どちらを使いますか?
日本新聞協会の「新聞用語集」と読売新聞の「読売スタイルブック」は、ともに、「ホチキス」と小さい「ッ」が入らない形を使うことになっています。
一方、先日の朝日新聞・大阪版では「ホッチキス」という「ッ」のは行った形を使っていました。また、NHK放送文化研究所が出している雑誌「放送研究と調査」(99年4月号)の中でも「ホッチキス」を使っています。
一般的にはどうなのか?インターネットを使って、どちらの形が多いか調べてみました。
もちろんこれは検索エンジンによって異なる訳ですが、Infoseek(インフォシーク)によると、「ホチキス」が1351件、「ホッチキス」が1747件、goo(グー)によると、
「ホチキス」が1016件、「ホッチキス」1386件。ともに「ホッチキス」のほうが、優勢です。ただ、「ホチキス」派も42,43%いますので、まだ、どちら、と決められない状況のようです。
「ホチキス」「ホッチキス」はもともと特定商品名です。英語の普通名詞は「ステイプラー」。その発明者・ホチキス(ホッチキス)さんは、マシンガンやライフル銃も発明した人だそうです。次々と「弾(たま)」が出るしくみは同じですね。現在は普通名詞として使われています。
ちなみにその「ホチキス」・「ホッチキス」の中に入れる金属のことをどう呼ぶか?について、NHKが調査しています。それによると、「はり」と言う人が46%、「しん」と言う人が26%、「たま」と言う人が19%。このほか、「たね」「かね」などと言う人もいました。また、大阪大学の真田信治教授は、「たま」はフォーマルな場面では使用頻度が下がり、「はり」が使われる事が多いと指摘しています。
ちなみに私は「ホッチキス」派です。

1999/8/20

(追記)

自分がふだん使っているホッチキス。その”針”の商品の名前は、どのように記されているのか、全然気にしていなかったのですが、今日、ふと箱を見て「あっ!」と思いました。いつも使っているPLUS社の藤色の小さな箱には、
「ツリーズ ホッチキス針 NO.10」
と記されていたのです。PLUS社ですが、普通名詞の「ステイプラー」ではなく「ホッチキス」、しかも「ホチキス」じゃなくて小さい「ッ」が入っています。そして「針」であるとしっかり書いてあるではないですか。いつも見ているのに、気づかないものだなあ。「灯台もと暗し」とは、まさにこのことだなと思いました。
2005/6/30


◆ことばの話11「のりたおす」

若い夫婦が食卓でご飯を食べている。と、焼き海苔の入った缶を取ろうとした妻が、誤まって缶を倒してしまう。妻が申し訳なさそうに言う。「のり、たおしちゃった」。それに対して、夫がすかさず「オッケー!!」というコマーシャルがあります。
焼き海苔のコマーシャルではなく、ひらかたパーク「通称・ひらパー」、つまり遊園地のコマーシャルです。
「海苔、倒す」=「乗り倒す」
という駄洒落で、「乗り倒す」ほど「いろんな乗り物があって楽しいよ」というコマーシャルなのですが、そもそもこの「?(し)倒す」ということばは、関西弁なのでしょうか?それとも、共通語なのでしょうか?
「〜(し)倒す」の例としては、「食い倒す」「行き倒す」「遊び倒す」などなど。一方、「書き倒す」「読み倒す」などはあまりなじみません。いずれにせよ、ちょっと品のない感じのことばです。
似たような表現に「〜(し)まくる」というのもあります。
「食いまくる」「行きまくる」「遊びまくる」「読みまくる」「(電話を)かけまくる」「投げまくる」「打ちまくる」。もちろん「乗りまくる」も「オッケー」。
広辞苑の「〜まくる」を引くと、「(他の動詞について)その動作をむやみにする意を表す。例・雑文を書きまくる」とあります。
一方「たおす」は広辞苑には載っていません。 牧村史陽編の「大阪ことば辞典」で調べてみましたが、載っていません。また、各大学などで出されている「キャンパスことば辞典」にも当たってみましたが、載っていません。おそらく、この手の辞典は女子大生を対象としたものが多く、男子が使うような少し乱暴なことばである「〜(し)たおす」は、キャンパス用語辞典からは漏れていることばなのではないでしょうか。
しかし「倒す」ではなく「倒れ」なら、皆さんよくご存知の言葉があります。
そう、「食い倒れ」です。「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」。広辞苑のその一つ前の項に「食い倒す」という言葉がありました。ただ、「〜まくる」のような使い方は載っていませんでした。
武庫川女子大学・言語文化研究所所長の佐竹秀雄教授にうかがったところ、「もともとは、“張り倒す”から来ているのだろうが、辞書に載っていないところから見ると、まだ共通語としては認められていない用法だろう。しかし、きわめて大阪弁色の濃いコトバではある」ということでした。
コマーシャルに出てくる若妻は、「のり、たおしちゃった」と、東京弁ぽい言い回しをしていますが、夫が海苔の缶を倒したのなら、大阪弁で「のり、たおしてもた」となっているはずです。しかしそれだと、ちょっと「後悔の念」が感じられてしまいますので、 やはりここは妻が東京弁ぽく「のり、たおしちゃった」が正解ですかね?いずれにせよ、ページをパラパラめくるような「乗りまくる」よりも、ジェットコースターを始めとする遊具に敢然と挑戦して制覇するイメージのある「乗り倒す」のほうが、この「ひらパー」のコマーシャルの場合はピッタリ当てはまるような気がします。

1999/8/16

(追記)

街中で見かけた看板からの連想です。
「売れまくり」とは言うが「売れたおし」とは言わない。「〜たおす」の方は、「〜たおし」というふうに名詞化できるものとできないものがあるのか?
そこで考えました。
もしこれが動詞のままなら「売りまくる」「売りたおす」、どちらもOKですね。ところが動詞の連用形の名詞化で「〜まくり」「〜たおし」にすると、「売れまくり」はOKなのに、「売れたおし」はダメ。
あ、わかった!「売れる」は自動詞で「売る」は他動詞。意図を持った誰かが「売る」わけですよね。だから「たおす」という意図を持った言葉がおしりについても「売りたおす」「売りたおし」はOKなんだけど、「売れる」は勝手に売れるわけですから、意図を持った行為の「たおす」が後ろに付くとおかしく感じると。
その点、「まくる」の名詞化した「まくり」は、「状態」を現しているので、自動詞のあとでも他動詞のあとでも違和感なく付くのではないか?と。
どうでしょうか?
2004/5/5

 

(追記2)

『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)2005年5月9日&16日合併号から連載が始まった「ハクバノ王子サマ」(朔ユキ蔵)の冒頭、こんなセリフが出てきました。
「終電で帰って、3・4時間の睡眠でまた出勤し、休日は泥のように眠りたおす。」
ここに、
「眠りたおす」
という表現が出てきました。これは「眠りまくる」と置き換えられるかと言うと、なんか、置き換えられないような気がします。

2005/5/1


(追記3)

川崎市の西尾さんからまたメールをいただきました。それによると、『日本国語大辞典』に、この意味での「たおす」が載っていたとのこと。

「たお‐す」【倒】〔他サ五(四)〕
(9) (動詞の連用形に付いて) 徹底的に…する。…し通す。「値切りたおす」
  *彼の歩んだ道(1965) 末川博 四「とにかく、徹底的に野次りたおされた
   ので、はがゆくてその晩は眠ることができず」
  [方言](8) (動詞の連用形に付いて) し通す。し抜く。
       滋賀県彦根「はしりたおす」「したおす」

用例の、(故)末川博氏は山口生まれですが、京都帝大教授・立命館大名誉総長、京都市名誉市民だった方ですね。やはり上方言葉ということでしょうか。

また、『日本方言辞典』(小学館、1989年)にも、
「たおす」【倒】〔動〕
  (8) (動詞の連用形に付いて) し通す。し抜く。
    滋賀県彦根「はしりたおす」「したおす」
『京ことば辞典』(井之口有一・堀井令以知編、東京堂出版、1992年)
  〜タオス《補助詞》 〜しとおす。〜しぬく。
  「ワテラの若いじぶんは、物がなかったサカイ、足袋カテつぎタオシて、
   はきましたエ」。「運動ヤおもうて、バスに乗らんと、歩きタオシて
   帰ってきましたワ」。滋賀も
また、『CD-ROM広辞苑』を「たおす」で全文検索すると、「こかす【転かす・倒かす】」
というのが見つかりました。『大辞林(CD-ROM版・WEB版)』、『言泉』にもあったとのことです。
『広辞苑』第5版
  こか・す【転かす・倒かす】〔他五〕
  (1) たおす。ころばす。
  (4) 動詞の連用形に付いて、その意を強調する。
    さんざんに…する。すっかり…する。「叱り―・す」「売り―・す」

『大辞林』第2版
  こか・す【▽転す・▽倒す】
  [一](動サ四)〔「こける」の他動詞〕
    (1) 転がす。倒(たお)す。
  [二](接尾)動詞の連用形に付いて、その語の意味を強める。
     すっかり…する。さんざん…する。「日を積み月を重ねて不仕合
     なりしかば田畠さらりと売り―・し/浮世草子・沖津白波」

『国語大辞典 言泉』(小学館)
  こか・す【<転す・<倒す】
  [一]〔他サ五(四)〕(「こける(転)」に対する他動詞〕
    (1) たおす。ころがす。「足をひっかけてこかす」
  [二](接尾四段)動詞の連用形に付いてその意を強める。
     すっかり…する。*浮・沖津白波‐五「田畠さらりと売りこかし」

この「こかす【倒(か)す】」は、日国の「たおす【倒す】」(9)と同じもののようですが、現在は「ころがす」「ころばせる」の意味でしか使わないと思います。実際に「〜(し)たおす」の意味で「〜(し)こかす」は聞いたことも使ったこともない。古い言い方なのかもしれません。

ちなみに(追記2)の「眠りたおす」も「眠りこかす」とは言いませんね。「こかす」の自動詞「こける」は、共通語で「眠りこける」「笑いこける」などの言い方があります。漢字で書けば「転(け)る・倒(け)る」だと思いますが、広辞苑や大辞林の「こける」には、「徹底的に…する」「…し通す」のような用法はありません。上方の「こける」とは別の言葉でしょうか。

ということで、大変詳しい分析をありがとうございました!

2005/5/11

(追記4)

12月15日の日経新聞夕刊の「プロムナード」というコラムで、作家の玄月さんが、
「飲み倒す」
という題で書いていました。
関西人である玄月さんにとって、「○○し倒す」という言葉は普通であって、たとえば「飲み倒す」という言葉の意味は、
「とことんまで酒を飲む」
という感じで使ってきたが、辞書を引いたら、
「酒を飲んで代金を支払わないままにする」
という意味しか載っていなかったので驚いた、と。そして、
「これ(注・○○し倒す、という表現)が一般的な大阪弁なのかどうかわからない。私の知るかぎりではちがうようだが、「倒す」を微妙に肯定的に使う感覚はおもしろい。」
と記しています。
れっきとした大阪弁だと思いますよ。

2005/12/16

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